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「旺二郎ー、三千留ー、お前らも借り物競争でんのかよー」
えっ。思わず声がでそうになる。なんで上野四信がまだアリーナにいるんだ。
上野四信がぶんぶん大きく手を振り、俺たちのほうへ駆け寄ってくる。さっき徒競走でたのに、借り物競争もでるのか。二種目連続出場ってさすが体育会系。
上野四信のとなりにいたであろう渋谷歩六は俺たちのほうに視線をやるも、すぐにふいっとそらして、屈伸を始めた。さすが体育会系、借り物競争でさえ手を抜かない。
「上野こそ、二種目続けて出場するのか」
「運動部だとあれもこれもでてほしいって頼まれるんだよ。それに最後の体育祭だし俺自身いろいろでてぇし」
「そうか。赤組同士だが、同じ組だったら俺様が一位をもらう」
「いやいやー、一位は譲れねぇな! バスケ部の意地見せてやる」
「譲れないのは俺様も同じだ。俺様の辞書には一位という単語しかない。それにこの競技は運動部だの文化部だの関係のないものだぞ、そんな考えでいると足をすくわれるぞ――旺二郎にな!」
えっ、俺。なんで俺。
二人の会話をぼーっと聞いていたら、みっちーにいきなり名指しをされ、指までさされる。
みっちーを見ていた上野四信が「旺二郎、秘策とかあんのかよ」とニカッと歯を見せて笑った。秘策はゼロ。しいていえば、みんな石ころ作戦。
「秘策ないです」
「ノープランかよ!」
「……でも」
「やっぱなんかあんの? 俺だけに教えてくれよ」
楽しげに俺の肩を小突く上野四信をじっと見つめる。上野四信は石ころ、上野四信は石ころ、うん、大丈夫。俺も、上野四信も、石ころだから、しっかり黒い瞳を見つめられる。ちょっと、かなり、ドキドキするけど。
「あんたにはきっとなにも役に立たないですけど、俺には意味のある作戦です」
人間を石ころだと思え、なんて、俺以外にはまったく意味をなさない。俺の、俺による、俺のための作戦。
上野四信はいっしゅん目を丸めるが、すぐに細めて俺の背中をバシバシ叩いた。ほんと容赦ない力。だけど、いまはそれほどいやじゃない。
「言ってくれるじゃねぇか。じゃあ俺が勝ったらラインのID交換してくれよな!」
「……わかりました」
「え、マジ?」
「はい。でも俺が勝ったら」
俺が勝ったらどうしよう、口にしてみたけどノープランだ。上野四信は「旺二郎が勝ったらどうすんの」と首をかすかに傾げる。ノープランなんて言えない。かといって、今後ラインのIDを拒否するとは言えない。言いたくなかった。どうしてだかわからないけど。
「……勝ったら考えます」
「ノープランかよー、わかった、旺二郎が勝ったら俺がなんでも叶えてやるよ!」
なんでも。それは、魅力的な言葉ですね。「その言葉忘れないでくださいね」しっかり上野四信の瞳を見ると、上野四信は口角をにんまりと上げウィンクする。ついこの間までは、こんなふうに話せなかったな。ぼんやり頭の片隅で思いながら、小さく笑った。
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