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「神谷が俺と同じ組か、よろよろー」  げっ、さいあく。  声にはださなかったけど、顔には思いきりでてた気がする。それでもとなりの列に並ぶ渋谷歩六という男は、ちっとも気にしない。気がつかないと言ったほうが正しいかもしれない。上野四信が豪快ならば、渋谷歩六はガサツ。どうせならみっちーのとなりに並ばせてあげたかった。どうして俺がこの男と一緒に走らなきゃいけないんだろう。 「……どうも」 「声ちっせえ! 背でけえのに声はちっせえのかよ」  背と声になんの関係があるんだ。バカかあんたは。俺もバカだけどあんたもバカだろ。  心の中でぶつくさ言いながら「はぁ」とあいまいな返事をしておく。あんたとは会話を続ける気はありませんオーラをだしているのに、渋谷歩六は「今度一緒に合コン行かね? 神谷がいたらぜってえ女子集まるわ」「お持ち帰りとかしなくていいぜ、ただ座ってるだけでいいんだよ、とりま顔だすだけ、タダメシ食って帰っていいし。どうよ?」「シノブと俺と神谷とか最強だと思うんだよな、とりまあとでライン交換な」ベラベラベラベラよくしゃべる。  一緒に合コン? 死んでも行きたくない。  座ってるだけでいい? それならいなくてもいいだろ。  とりまあとでライン交換? ぜったいにいやだ。  渋谷歩六は俺の土足をズカズカ歩き回って、小さな花に気づくことなく踏みにじり、扉を力ずくでこじ開けようとする。ガサツで強引なオラオラ系。  だけど上野四信はちがう。ついこの間までそういう男だと思っていたけれど、ぜんぜんちがう。俺の土足をズカズカ歩き回っているように見えて、けっして小さな花たちを踏まない。「おっ、きれいに咲いてんじゃねえか」ニカッと笑って、花に水をあげる。扉になんどもノックするけど、俺がいやだと言えば「しょうがねーな、待ってやるよ」と笑う。ぐいぐい来るようで、俺がほんとにいやがることはしない優しい人。  なんでみっちーはこの人が好きなんだろう。ほんとにわからないし、納得いかない。 「合コンから真実の愛は生まれないと思うので遠慮します」 「真実の愛? 引くわーもしや神谷ってDT?」 「DTですけどなにか」 「マッジかよそのスペックでDT? こえーわ。どう生きてきたらそのスペックでDTでいられるんだよ、ねーわ」  どうって、ふつうに生きてきただけだ。初めての彼女は、中学二年の時。「つき合ってくれないと死ぬ」とクラスのマドンナに言われ、死なれたら困るとつき合った。だけど、俺とマドンナじゃ共通点がゼロ。話が合わない。退屈させたら悪いと思って必死になって話題を探すうちに、ゆっくり彼女を好きになった。ゆっくり、俺のペースでいけたらいいと思っていたけど、彼女はちがったらしい。あっさり俺の元から去っていき、カーストトップの上級生とつき合っていた。  次の彼女は、今年の四月。「神谷くんつき合ってよ!」元気よく言われて、どこにつき合えばいいのかわからなかったけど、めんどくさかったのでいいよと言ってしまったら、彼氏彼女になっていた。俺ってほんとバカだと思う。彼女はひたすら明るい子で、別れる時も「ごめんね神谷くん、ほかに好きな人ができた!」とあっさりしていた。好きな人というのは、この間一緒に歩いていた先輩だと思う。たぶん。  思えば俺は、セックスどころか、キス、手を繋いだことさえない。そういうことは、結婚したいと思える人とするべき。そう思って生きてきたけれど、渋谷歩六にとっては「引くわー」なのかもしれない。俺が渋谷歩六に引いているように。

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