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「つーか神谷のDTとか争奪戦になりそー、合コンのネタにもなりそうだわ」  さいあくな合コンだな。俺は静かに暮らしたいからそっとしておいてほしい。  渋谷歩六を静かに睨んでいると「渋谷ー、神谷弟ー、さっさと位置についてくれよな、だりぃから」と死んだ目をした木場潤(きばじゅん)がスターターピストルを手に持って言った。とても教師とは思えないやる気のなさ。兄貴とはまったくタイプが異なっているのに、どうしてだか二人は仲がいいらしい。俺は渋谷歩六と正反対だけど仲良くなれそうにないから、兄貴ってやっぱりすごい。 「ういー、じゃあ神谷、あとでラインな!」  ラインってなんだよ、ぜったい交換しないからな。  目で訴えたつもりが、渋谷歩六の目には俺は映っていなかった。さっきの上野四信とおなじ目だ。ゴールしか見ていない。アスリートの顔。ただの女好きゲス野郎だと思ったのに、渋谷歩六はしっかりアスリートだ。 「あー、位置についてー」  それにくらべて木場潤のけだるいこと。やる気はきっと母親の腹に捨ててきたんだと思う。  木場潤の言葉で位置につく。体育祭でこんなにドキドキしたこと、はたしてあっただろうか。いつも、まぁビリでいいかなと思いながらてきとうに走って、四位くらい。だけど、今日はちがう。本気で走る。上野四信に勝つために一位を狙っている――そういえば、俺と上野四信はおなじ組じゃない。順位が高いほうが勝ちだとして、二人とも一位だったらどうしようか。渋谷歩六とおなじ組で一位になるのはむずかしいけれど、もし俺が一位で、上野四信も一位だったら、引き分け? ものすごくしまりがない。 「よーい、どーん」  どーんがちっともどーんじゃない。木場潤のやる気がなさすぎて気が抜けたのは、きっと俺だけじゃない。だけど、渋谷歩六だけはちがった。ビュンと風のように飛びだしていく。  完全に出遅れたけれど、これは徒競走じゃない。借り物競走だ。どれだけ速く走ろうと、お題が見つからなければ勝てない。それは俺にも言えることだけど。  一番先にお題の紙までたどりついたのは、もちろん渋谷歩六。お題の紙を見つめ、渋い顔をしている。むずかしいお題かもしれない。もしかしたら、勝てる。  紙に手を伸ばすと、視界に飛びこんできたお題に思わず「えっ」と声がでた。『仲良くしたい先輩』ってどう考えてもふんわりしすぎだろ。もし俺が三年だったらこのお題成立しない。まぁ、俺は一年だから成立してるけど。それにしても、仲良くしたい先輩、かぁ。  チラリと渋谷歩六を見つめると、いまだに悩んでいる。というより、みんなお題がむずかしいのか、お題を見ては「は?」「無理ゲーなんですけど」「詰んでる」と騒いでいる。もしかしたら、俺が一番あたりのお題なのか。てきとうな先輩を連れていけばいいのだから。

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