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 てきとうな先輩を連れていって、勝ったとして、それははたしてほんとに勝ったと言えるのか。どうにもかっこ悪い。石ころなりに頑張るって決めたんだから、本気でこのお題に向き合うべきじゃないのか、神谷旺二郎。仲良くしたい先輩、そんなの、決まっているだろ。  俺なりに、石ころなりに、紙をきつく握りしめて、必死に走る。「えっ、俺かよ、お題なんて書かれたんだ」って聞かれたら、なんて答えよう。答えたくないな、恥ずかしいし。なにか口を開く前に、むりやり手を引っ張ってしまおうか。 「旺二郎どうしたー、お題探しか」  大分後ろの組で走るのに、上野四信は屈伸をしている。さすが運動部はちがう。それにくらべて俺はちょっと走っただけで、疲れている。ゴール地点まで走りきれるだろうか、いや、走りきれる、俺はやればできる子。 「一緒に来てもらっていいですか」  いやって言われても連れていきますけど。  心の中で呟いて、上野四信の腕を掴む。「えっ、なになに、俺? お題はなんだよ、教えてくれ」やっぱりそうなるよな、俺だって連れていかれそうになったら、お題はなにって聞く。変なこと書かれていたらついていきたくない。  仲良くしたい先輩って書いてありましたと言ったら、この人はなんて顔をするだろうか。 「おーじろー、スルーかよー教えろよー」 「いやです」 「教えろよ」 「いやです」 「教えろってばー」 「いやです」 「なにこれループかよ」  上野四信はゲラゲラ笑いながら「しょうがねえな、聞かないでおいてやるよ」と言った。  やっぱり、あんたはそういう人だ。扉になんどもノックはしても、むりやりこじ開けようとはしない。俺がいやがったら、扉に寄りかかって待ってくれる。そういう人だと気づいたのは、ついこの間だけど。  ゴールテープを切る前にゆっくり上野四信のほうへ振り返る。「どうした旺二郎」ひたすら優しい声色だ。いつもバカみたいにうるさいくせに、こういう時は優しい声をするからずるい。 「俺、あんたとラインのID、交換したいです」  勝っても、負けても、交換したい。仲良くしたい先輩って、きっとそういうことだ。  上野四信は黒い瞳を大きく見開き、ゆっくり唇を開くけど、臆病すぎる俺は返事を聞く前に強く上野四信の腕を掴んで走った。人生で初めて切ったであろうゴールテープは思ったより気持ちがよかった。 「……あんたは、交換したいと思ってくれますか。まぁ、いやって言っても、交換しますけど」  じっと上野四信の瞳を見つめる。ゆっくり状況を飲み込めたのか、上野四信はみるみる嬉しそうに頬をゆるめた。「毎日ラインしてもいいか?」「それはいやです」「さすが旺二郎ディフェンスに定評あるわー」「べつにないですけどね」「で、お題はライン交換してくれる人とかだったわけ?」「そんなわけないでしょ」ちょっと近いかもしれないけど、あんたにはいっしょう秘密だ。

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