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「帰りたい」 「おうちゃーん、心の声でてますよー、しまっちゃおうねー」  だってなっちゃん、思った以上にまぶしいよ。体育の授業とは思えないまぶしさ。  体育館に入ったとたん、すさまじい黄色い声にまず引いた。上野四信と渋谷歩六はまだ試合をしてなくて、応援しているだけ。それなのにスケッチをしにきたのだろうクラスメイトたちが、スケッチするそぶりを見せながら上野四信と渋谷歩六にキャーキャー言っている。みっちーにいたってはスケッチそっちのけで渋谷歩六だけを見つめている。いっちゃんはクラスメイトがたくさんいるから優等生モードで真面目にスケッチしているようだけど、内心はなにを考えているのか、俺にはちっともわからない。  上野四信と渋谷歩六がただクラスメイトを応援しているだけでまぶしいのだから、試合が始まったらどうなるんだろう。エレクトリカルパレード級にまぶしいかもしれない。俺の目が確実にやられる。 「おうちゃんって、バスケしてるちゃんしーパイセン見たことあるっけ」 「ないよ」  わざわざバスケ部の試合とか見に行きたいと思わない。バスケ部しかいない空間に長時間もいたら、死ぬかもしれない。 「じゃあ惚れ直しちゃうかもね」 「誰に」 「ちゃんしーパイセンに」  そもそも惚れてないんだけど。  そう突っ込む前に、キャーを通りこした悲鳴が上がる。ただ上野四信と渋谷歩六がコートに立っただけ。たったそれだけで、その悲鳴ってどういうことだ。  まぁ、なっちゃんが言うくらいなら、ちゃんとこの目で見届けよう。ただし、目が潰れない程度に。  スケッチブックをめくる。落ち込んだり、沈んだときにはひたすら絵と向き合ってきた。ばあちゃんが陶芸している姿、兄貴が料理している横顔、ドラマを見ながらネイルをする姉貴、身近な人はいくどとなく描いてきた。そうすると、不思議と心がおだやかになる。ほんのすこし前を向ける。いつかみっちーも描きたいと思っているけれど、あの美しさは俺にはまだ表現できそうにない。じゃあ、上野四信のバスケ姿は、表現できるだろうか――わからない。描ける自信は正直ない。  センターサークルの中に上野四信と渋谷歩六が立つ。バスケ部部長とエースのジャンプボール対決に、悲鳴が上がり続けている。頭が痛くなりそうほどの悲鳴なのに、ちっとも気にならない。だって、上野四信しか、目に入らない。  あ、俺、描きたい。上野四信を、描きたい。自分でもびっくりする。手が、鉛筆を握る手が、上野四信を描きたいと騒いでいる。  高く上がったボール。上野四信と渋谷歩六が跳躍し、ボールに手を伸ばす。上野四信のほうが小さい、どう考えても不利だ。だけど、上野四信はびっくりするほど冷静に、ボールをタップして自軍のものにしてみせた。  いつもバカみたいに笑っている上野四信が、どこまでもクールだ。ただ二人のかっこ良さに騒いでいたはずのクラスメイトたちさえ、いっしゅん息をのむほどに。  体育祭のときも真剣だったけど、それ以上だ。悔しいけど、かっこ良い。

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