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「ね、惚れ直したでしょ」 「……そもそも惚れてないよ」 「その間あやしーい」  俺の顔を覗き込んだなっちゃんはそれはもうにっこにこしている。なにか口にするとボロがでそうで、なっちゃんから視線をそらして上野四信を見つめる。こんなふうに上野四信を見つめる日が来ようとは思わなかった。  上野四信が、コートを支配している。誰よりもこのゲームを理解し、漆黒の瞳は誰をどう動かせば勝てるのか見極めている。体育の授業なのに、いっさい手を抜こうとしていない。ああ、この人はバスケが好きなんだ。上野四信の全身から伝わってくる。  スケッチブックに上野四信を描いて、スケッチブックをめくって、また描いてを繰り返す。そうしていくうちに、最後の一枚になっていた。  マジか。新品だったのに。どこをめくっても上野四信。センターサークルに立つ上野四信。ジャンプしてボールをタッチする上野四信。チームメイトに指示をだす上野四信。素人目にしても鮮やかなドリブルをする上野四信。ディフェンスを引きつける上野四信。ゴールを決めたチームメイトとハイタッチをして笑う上野四信。こわい。自分がこわい。自分に引いた。  そっとスケッチブックを閉じ、なっちゃんに気づかれないように去ろうとしたけれど、そんなことは不可能だった。「おうちゃん」なっちゃんはどこまでも優しく俺の名前を呼んだ。 「……どうしたのなっちゃん」 「まだ試合終わってないし、もうちょっと見ていこうよーというのは建前で、俺まだぜーんぜん終わってないんだよね! スケッチむずいわー」  まぁ、なっちゃんが終わってないなら残る。  そう頷いて、なっちゃんのスケッチブックを覗く。うまいか、下手か、そう聞かれたら、下手だなと言ってしまうだろうけれど、なっちゃんが描く上野四信は、とても優しい。あたたかい。ひだまりのようだ。バスケをしている上野四信は猛禽類を思わせる鋭さがあったのに、なっちゃんの目にはまるでちがうものに映っている。 「なっちゃんの目にはそう映るんだ」 「あー、バスケしてるちゃんしーパイセンじゃなくて、これじゃあいつものちゃんしーパイセンになってるよね。俺にとってちゃんしーパイセンは、あったかい人だからね」  そう言ったなっちゃんの緑の瞳は、どこか見覚えがある。みっちーが渋谷歩六を見つめるあの瞳に似ている気がした。 「よーし、できた! タイトルは『ちゃんしーパイセン、ゴール決めるってよ』でーす」 「みかんをそっと投げる上野四信に見える」 「おうちゃんマジ容赦なーい! これがみかんなら大きすぎない? みかん農家としての才能ありすぎでしょギネス狙えるよ」  スケッチブックを見せてきたなっちゃんは、いつもどおり軽やかに笑っていた。さっきの瞳は、気のせいだったかもしれない。そう納得させられるほどに、いつもの笑顔。それなら、まぁ、気のせいだ。俺、そういうことにするどくないし、多分、きっと、気のせい。

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