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「おうちゃんしーコンビ! どこ行く気ー? 俺たちの歌を聞けー」 「え、マジか、シノブに神谷、どっか行く気なのかよ、俺たちの歌聞いてからにしろ!」  あ、バレた。ラップバトルを繰り広げているなっちゃんと渋谷歩六だから、部屋からでてもバレないと思ったのに。さすがなっちゃん。渋谷歩六だけならごまかせそうだったけど、なっちゃんは鋭い。空気が動くとすぐに察してしまうのだ。 「ちょっとドリンクバー行ってくるんだけど、お客様の中で喉が渇いている方はいらっしゃいますかー? 今ならサービスしちゃいますよー」 「マッジ? 俺ジンジャエールましましで!」 「じゃあ俺はミルクティーでおねがいしゃす!」 「ジンジャエールましましとミルクティー入りましたー! 旺二郎行くぞー」  俺の歌を聞けと渋谷歩六に言われたら、ドリンクバーに行くとはきっと言いだせなかった。上野四信だから、さらりとドリンクバーに行くと言ってのけ、そのうえ軽いおふざけまでプラスできる。上野四信ってすごい。ほんとに。いままでどうして気づかなかったのだろう。  上野四信の腕が肩に回ったまま、部屋をでる。ドリンクバーじゃなくて、このまま帰りたい。本音を飲み込んだかわりに、ため息がまたもれていた。 「そんなに構えてなくていいんだぜ、楽にしてればいいんだよ」  上野四信はどこか明るい声でそう囁くと、わしゃわしゃと乱雑な手つきで俺の髪を撫でる。  どうしてあんたはいつもそんなにポジティブなんですか。俺はそんなふうに前を向いてばかりいられない。みんな石ころだと思えば頑張れるときもあるけれど、いつもうまくいくわけじゃない。楽にするって、どうしたらいいんだ。 「……楽ってなんですかね」 「嫌なもんは嫌って認める、無理はしねえ、とか」 「合コンいやです帰りたい」  口にしたらちょっと楽になった、かもしれない。  あまりに素直な言葉に上野四信はゲラゲラ笑う。「俺も合コン嫌だわー、バスケしてえ」ほんとにバスケが好きなんだと伝わってくる。だって、上野四信の瞳が輝いている。いやなものはいや、好きなものは好き。そう口にだしてしまえる上野四信はきっと誰よりも強い。かっこいい、素直にそう思った。 「バスケ、いつ始めたんですか」 「物心つく前からバスケットボールが家にあったから、二、三歳? 親父がバスケ好きで男が生まれたらぜってえバスケやらす! って決めてたらしいぜ。親父がサッカーやってたら今頃俺はサッカー少年だったわけ」  それちょっとわかる。俺もばあちゃんの影響で陶芸を始めた。陶芸をするばあちゃんの背中があまりにかっこいから、真似をしたくなった。もしばあちゃんが陶芸家じゃなくて、彫刻家だったら、俺はいまごろ彫刻にハマっていたことだろう。  グラスにメロンソーダ、上野四信の分のコーラを注ぐ。これを持って部屋に戻ったら女子大生が来ているかもしれない。想像しても、もうため息はでそうにない。だって、いまはそれほどいやじゃない。いやだけど、いやだと認めたらすこし楽になった。

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