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「……俺も、ばあちゃんきっかけで陶芸始めました。家族の影響って大きいですよね」 「陶芸? 絵だけじゃなくて陶芸までできんの? 旺二郎ってアーティスティックだよなー、将来は画家か陶芸家?」  将来は画家か陶芸家。そんな発想なかった。そのたった一言で、ただ毎日をぼんやりと生きていることに気づかされた。きっと上野四信はやりたいことがすでに決まっている。たった二年の差なのに、上野四信はしっかり未来を見ているんだ。 「……なにかになりたいとか、考えたこともないです。俺は何者にもなれないので」  上野四信はきっとなにかになれる人だ。そう思わせる気迫が上野四信にはある。  グラスを手に持ち部屋へ戻ろうとすると、わしゃわしゃとまた髪を撫でられる。ぐしゃぐしゃになるけど、心地いいからやめろと言えない自分がいた。 「旺二郎はちゃんと何者になれてるぜ、俺にとって旺二郎は何者だ。だから、んなに卑下しなくていい、旺二郎は旺二郎なんだからよ」  なんで、あんたって人は、そんなに。  上野四信の言葉にバカみたいに目頭が熱くなる。だけど、こんなところで泣くわけにはいかないと俯いた。「何者って言われすぎてゲシュタルト崩壊です」「それな」「ゲシュタルト崩壊の意味よくわかんないですけど」「意味わかんねえのかよマジ安定の旺二郎だわ」どこが安定の旺二郎なんだ。思わず笑みがこぼれている自分に驚く。泣きそうになったり、かと思えば笑ったり、俺の知らない俺を、上野四信に引きだされている。 「……ありがとう、ございます」 「俺なんにもしてねえけど」 「……あんたにとってはなんてことないかもしれないけど、俺にとっては大きいことです」  きっとどれだけ俺を救っているのか、あんたは知らないのだろう。まぁ、知らなくていいよ。これからも勝手に救われておくから。  俺の言葉に「よくわかんねえけど、どういたしまして!」と言う上野四信がおかしい。かすかに口角が上がるのを感じながら、上野四信のとなりを歩く。他人から見たらたいしたことじゃないかもしれないけれど、この一歩は俺にとって大きな一歩だ。 「シノブに神谷おせーよ! もう始めてんぜー」  扉を開けたしゅんかん、女子大生たちをはべらせまるで王様気分の渋谷歩六が目に入り、思わず扉を閉めたくなった。それでも閉めなかった俺を褒めてあげたい。ちょっと前の俺だったら確実に閉めたし、二秒で帰った。ほんとえらいよ俺。そのうえなっちゃんは俺に手を小さく振りながら、女子大生と見つめ合って『とびら開けて』を歌っている。いますぐ扉閉めたいです。

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