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 二次会行く人ー! 店の外ではりきる渋谷歩六の言葉に手を挙げたのは女子大生たちとなっちゃんだけ。上野四信も当然行くと思ったのに「俺と旺二郎は帰るわ!」さらりと言ってのけるから驚いた。渋谷歩六や女子大生からもブーイングが来たけれど「俺だけじゃ不満なんすかー? 俺さみしくて泣いちゃうー」となっちゃんがフォローに回ってくれたおかげで、丸くおさまった。なっちゃんほんとにありがとう今度ジュースおごる。  上野四信はなっちゃんたちの背中が見えなくなるまで手を振ってから「じゃあ帰るかー、旺二郎はなに線?」俺のほうへくるりと振り返った。 「俺は電車じゃなくて歩きです」 「マジかよ、うらやま」 「近いから遅刻ギリギリですけど」 「あるあるだわー。旺二郎朝苦手そうだもんな」 「そういうあんたは」  あんた、か。俺はいつまでこの人のことをあんたと呼んでごまかすんだろう。頭の中では上野四信と呼び、会話するときはあんたと呼んでいる。きっと上野四信はなにも気にしていないだろうけれど、俺ってどう考えても失礼な男じゃないか。  上野四信は途中で言葉を止めた俺をじっと見ている。「どうした旺二郎」心配そうに顔を覗き込んでくる。かっこいい顔だとしみじみ思う。この人は石ころ。俺も石ころ、なんども頭で念じても、だめだ。ほかの人はみんな石ころかもしれないけど、この人は、上野四信だけは石ころなんかじゃない。だって、上野四信と目が合うとどくどく心臓がうるさくなる。なんで俺この人にドキドキしてるんだ。このドキドキはなんなんだ。 「……なんて呼べばいいですか」 「……は?」  上野四信の反応は正解だろう。さっきまで朝が苦手という話をしていたのに、いきなりなんて呼べばいいかなんて聞かれたら、誰だって目を丸めて首をかしげる。俺だって、どうしてこんなこと口走ったのかよくわからない。ドキドキをごまかすために、とりあえずなんでもいいからしゃべっていた。内容はなんでもよかった。 「……あんたのこと、なんて呼べばいいですか」  ゆっくり視線をあげる。まんまるになっていた黒い瞳が弧を描く。ふだんはどこから見てもかっこいい人なのに、笑うとかわいいなんて、反則だ。 「ちゃんしーパイセンでもいいんだぜ」 「それはいやです」 「だよなー、旺二郎はなんて呼びてえの」  じっと黒い瞳に見つめられると、やっぱりドキドキする。上野四信は石ころ、みっちー以外はみんな石ころ、やっぱりだめだ。一度気づいてしまったら、だめだ。上野四信は石ころなんかじゃない。 「……し、のぶ、せんぱいって、呼んでもいいですか」  いっしゅんにして、声がガラガラだ。緊張しているのがバレバレ。上野四信――四信先輩はバスケットボールを握るにしては大きくない手で俺の頭をわしゃわしゃと撫でる。「……旺二郎、俺の名前知ってたんだな」いつもの軽い冗談を言っているつもりだろうけれど、四信先輩の頬がかすかに赤くなっている。あ、この人、照れている。照れているのを必死に隠している。ドキドキをごまかした俺のようでかわいい、なんてうっかり思ってしまう。 「知ってるに決まってるでしょ。借り物競走のお題は『仲良くしたい先輩』だったし、俺、四信先輩と仲良くしたいです。たぶん」  お題の内容はいっしょう言わないつもりだった。だけど、言いたくなった。さっきだって、無理やり聞きだせたはずなのに、聞こうとしなかった四信先輩に言いたくなってしまった。  四信先輩はびっくりしたようにまばたきを繰り返してから、ほんと嬉しそうにはにかむ。だから、はにかむのは反則だ。いつもみたいにニカッと歯を見せて笑うならまだしも、はにかむのはほんとずるい。いつもとのギャップで頭が混乱する。 「旺二郎、俺もお前と仲良くしてえ。一方通行感ハンパねえって思ってたけど、やっと両思いになった気分だわ。これからもよろしく」  両思いって、あんた、なにさらっと言ってるんだ。いや、俺のことなんとも思ってないから言えるのか。俺がコミュ障すぎるから両思いという単語にびっくりするだけか。はじけた笑顔で俺のほうに手を差し出してくるとか、どんだけサワヤカなんだ。  なにはともあれ、無邪気すぎる四信先輩に振り回される予感を感じながら、おそるおそるその手を握りしめた。

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