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 ごはんを終え、しっかり歯磨きをすませ(サワヤカな気分で四信先輩と会いたいから、それはもうしっかり)家をでる。こんなに朝早く登校したことなんて、いままで会っただろうか。いや、ない。いつもはあくびをしながらだらだら学校へ向かうのに、いまは油断したらスキップしそうになる。さすがにスキップはだめだけど、はやる気持ちが抑えられなくて、気がついたら走っていた。わりと全力で。俺はバカかもしれない。  昇降口で上履きに履き替え、鞄を持ったまま体育館へ向かう。しんと静まり返った学校の廊下、音を立てて歩いたらいけない気になって、思わず息をひそめてしまう。悪いことをしているわけじゃないのに、妙にドキドキしながら体育館の扉を開けたしゅんかん、ぐっと心臓を鷲掴みにされた――四信先輩が、ただドリブルしているだけなのに。  ドリブルをする四信先輩の後ろ姿しか見ていないのに、なんで、こんなに心臓がうるさい。四信先輩がこっちを向いたら、俺どうなるんだ。心臓を握りつぶされて死ぬかもしれない。それは困る。だって、この姿を目に焼きつけて、絵にしたいんだ。そうして、閉じ込めたい。  はやく、スケッチブックをださなくちゃ。はやく、四信先輩を描かなくちゃ。焦りながら鞄を開けると、スケッチブックを思いきり落とす。ドサッ、思った以上に音が響く。ゴールしか見ていなかった四信先輩が勢いよく振り返る。あ、見つかった。いずれ入るつもりだったけど、もうすこしこっそり見ていたかったのに。  四信先輩は黒い瞳を丸くしていたが、状況を把握したのかいつものようにニカッと歯を見せて笑う。一歩また一歩、こちらに歩み寄り、四信先輩は扉を勢いよく開け放つ。ばちっと目が合ったしゅんかん、ぐしゃっと心臓を握りつぶされた気がした。 「んなとこで覗き見とか旺二郎むっつりすけべかよー、ほら中に来いよ」  むっつりすけべかぁ、渋谷歩六にもそんなこと言われたっけ。思わず小さく笑い「むっつりすけべじゃないです」そう否定して、スケッチブックを拾ってからおそるおそる入る。体育の授業で何度も入った場所なのに、四信先輩がいると、とてつもなく神聖な気がする。 「じゃあただのすけべか」 「もっと違います」 「旺二郎はじわじわ派だもんなー」 「……四信先輩も、じわじわ派なんでしょう」 「おう。まあ今は恋愛よりインハイ優勝!」  四信先輩はそう言うと、視線を俺に向けたままドリブルをする。ボールが右へ行ったと思えば左へ、右へ左へ、きっとこの人と対峙した選手は翻弄され、揺さぶられる。そうして隙をついて、ディフェンスを抜く。  頭の中でその光景が浮かぶ。あ、描きたい。いますぐに。気がついたときには新しく買ったスケッチブックをめくり、鉛筆を握っていた。

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