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パイプ椅子に腰を下ろし、目の前にいる四信先輩をじっと見つめる。視線を感じることになれているのか、四信先輩はまるで動じない。毎日こなしているであろう練習メニューをもくもくとこなす。
ボールをつく音、キュッキュッとこぎみよく鳴るバッシュが体育館を響く。なんて気持ちいいんだろう。自分の右手が好き勝手に動いて、スケッチブックを埋め尽くしてしまうこの感覚を、この人に出会うまで俺は知らなかった。
「そういえば四信先輩って高校入学組ですか」
四信先輩を描くためには、もっと四信先輩を知りたい。表面上だけじゃなくて、心の中まで。手を動かしながら、ずっと気になっていたことを質問すると、四信先輩はドリブルする手を止めずにゆるく首を振った。
「俺は中学入学組」
「なんとなく高校入学組かと思いました」
幼稚舎組はもちろんハイスペックだけど、中学入学組もそれなりに金持ち組が多い。四信先輩からは庶民らしさを勝手に感じていたから予想外だ。
「俺、三千留や五喜みてーにセレブオーラねえもんなー。まー、あの二人は別格か」
「なっちゃんはセレブオーラあんまりないけど、実はお金持ちだし、そーいうパターンですか」
「いーや、俺ド庶民だぜ」
「じゃあ、どうして中学から百花にしたんですか」
「百花はバスケ強いだろ、やっぱ金持ち校だけあってコーチや監督も優秀だしよ、親父がすっげえ無理してくれて中学から百花に通うことができた。俺のために頑張ってくれる親父を見たら、それ以上に俺も頑張らねえとなって気になる」
その気持ちはすこしわかる。四信先輩が頑張っているのを見たら、俺も頑張りたくなる。きっと、それとおなじだ。石ころなりにあがいてみたくなる。
「だから旺二郎見つけた時は逸材発見! ってがっついちまったよなー」
「ああ、すごかったですね、俺正直四信先輩苦手でした」
「知ってたけど本人から言われるのキツイわー! お前、俺と目合わさねえようにしてたもんな」
キツイと言いながら四信先輩はゲラゲラ笑い、鮮やかにゴールを決める。あ、いまのすごくいい。猛禽類みたいな目でゴールを決めるのもいいけど、日常の延長線上で決めるのもすごくいい。
「でも旺二郎が一人でいると構わずにはいられなかった。旺二郎っていつもつまんねーって顔して歩いてっからどうにか笑わせたくて必死になっちまったなー、まあ今思えば逆効果だったけどよ」
俺を、笑わせたかった、たったそれだけのために、この人は俺に構っていたのか。ほんと、バカだな。
そういえばカラオケのトイレでもむりやり口角上げられたっけ。いまはあんなことしなくても、笑える。自分でも気づかないうちに笑っている。
「……四信先輩から見て、いまの俺は、どんな顔してますか。まだつまんねーって顔、してますか」
自分じゃよくわからないから、教えてください。
前の俺だったらぜったいに言えなかっただろう言葉を、さらりとは言えないけど、声は上擦っているけど、言えた。しっかり、四信先輩の目を見て。
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