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 バスケ部の朝練が始まる前に体育館から脱けだし、教室へ向かう。まだ誰もいないだろうと思ったのに、いっちゃんが席について本を読んでいた。いつも遅刻ギリギリで、周りを見る余裕がなかったけど、いっちゃんってこんなに早く登校しているのか。  それにしても、絵になるなぁ。窓際の席、いっちゃんは細くて長い指で本をめくる。その横顔は見る人によって印象が変わるだろう。ある人が見れば儚げといい、誰かは凛としていると主張し、色気がだだもれだと熱っぽく言う人もいる。いっちゃんはほんとに不思議な男だ。みんな都合よく、いっちゃんを見る。それは、いっちゃん自身がそうさせている、らしい。ほんとにいっちゃんは俺と同じ時間を生きているのか、はたまた人生二周目なのか、俺にはわからない。 「いっちゃんおはよう」 「旺二郎がこんなに早く来るなんて空から女子が降ってくるかも。もしくは四信さんとかね」  いっちゃんは本にしおりを挟んで閉じると、にっこり口角を上げて俺を見つめてくる。  なんでそこで四信先輩の名前がでてくるのかな。過剰反応しないようにと思ったのに、ぎこちなく目をそらしてしまった俺はあきらかにあやしい。どう考えてもいっちゃんにはバレバレだろう。いっちゃんは「なにがあったか聞いてあげるよ」楽しげに笑う。からかい半分、親切半分と言ったところだろうか。なんだかんだ友だち思いのいっちゃんだから、俺もするする話してしまう。とりあえずいっちゃんの前の席に座り「四信先輩の朝練につき合ってただけだよ」ぼそぼそと口にする。 「へえ。『四信先輩』、ね。おうじはいつから四信さんを名前で呼ぶようになったの」 「……この間、合コン行ったときから」 「ああ、歩六さんに強引に誘われたやつね」  歩六さんという言葉にどうもトゲがあるのは、きっと気のせいじゃない。いっちゃんは渋谷歩六が嫌いだ。本人の前ではそういう態度をちっとも見せないから、いっちゃんは俺にくらべてよっぽど大人だ。 「本人の前で上野四信ってフルネームで呼ぶのは変だし、かといってずっとあんたって呼ぶの失礼だし、だから、四信先輩って呼ぶことにした」 「そっか。四信さん、旺二郎のこと大好きだから喜んでたでしょ」 「だ、だいすきって、えっ」 「あれ、違った?」 「ち、ちが」 「四信さんは後輩として旺二郎が大好きって意味で言ったんだけど、旺二郎はどの大好きで捉えたの? 僕だけに教えてよ」  はめられた。完全に俺をからかってる顔だ。眼鏡の奥で細まる黒い瞳は旺二郎をからかうのって楽しいなぁと言っている。ほんといっちゃんはいじわるだ。

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