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「……そういえば、四信先輩って、中学入学組なんだね、知らなかった」  あからさまに話題をそらしたけど、いっちゃんは特に気にしたそぶりはせず「あれ、知らなかったんだね。てっきり七緒あたりが言ってるかと思ったけど。まぁそうか、言わないか」どこか淡々とそう言った。 「四信先輩はなっちゃん系セレブかと思ったけどド庶民だって言ってた」 「七緒がセレブ? それ七緒に言ったら笑われるよ、俺の家は成金だって」 「なりきん」 「そう、成金。僕や三千留の家が何代も続いている名門なら、彼はまさしく成金だよ。たった一代で財を成したほうが僕はすごいと思うけど、百花のやつらはそうは思わないから不思議だよね。長く続けばいいってものじゃないのに」  名門、成金、俺にはちっともわからない世界だ。  俺が百花を受験したのは、家からものすごく近いことと兄貴が教師をしているからで、金持ち校だということにはまったく興味がなかった。入学してみたら、車で登校している生徒が多くて驚いた。その中でもみっちーは白くて長い車で登校しているから白馬の王子様だとみんなに言われている。ハイパー金持ちなのにいっちゃんみたいに電車通学している人もいるけど。 「僕や三千留は気にしていないんだけど、七緒自身は成金だってことを気にしているんだよね。そういった七緒の小さな闇に気づくやつらもいて、僕たちの腰巾着だなんて言うやつらもいた」 「……俺、知らなかった、なにも」  みっちー、いっちゃん、なっちゃんは対等な関係だと思っていた。俺から見たらそう見える。だけど、それはなっちゃんがいつもにこにこ笑顔で、俺たちに気を遣って、空気を読んでいるからだ。俺にとってお母さんみたいな人だけど、なっちゃんだって悩む。そんなの当たり前なことなのに俺は気づいていなかった。 「昔のことだからね。その七緒を救ったのは僕でも三千留でもなくて、四信さんなんだよ」 「……四信先輩が」  ここで四信先輩の名前がでると思わなくて、思わずまばたきを繰り返す。でも思い当たる節はある。なっちゃんが描いた四信先輩はひだまりみたいだった。 「中学一年の夏休み前だったかな、七緒が中三の先輩たちに呼び出されたのは。呼び出されても無視すればいいのに、七緒は素直に行ったんだよ。俺なら大丈夫だからって。大丈夫じゃないくせに」 「……それで、なっちゃんはどうなったの」 「僕はその場にいなかったから、七緒の脚色も入ってるかもしれないんだけど、こう言われたんだって。お前はたいした家柄でもないくせに白金と広尾につきまとう腰巾着。二人が迷惑していると思わないのか――迷惑だったら迷惑だって僕たちははっきり言う。そもそも七緒の存在を迷惑なんて思ったこと一度だってないのに、七緒は反論できなくて、へらへら笑うことしかできなかった。七緒らしいよね、どんなつらいことを言われても言い返さない。空気を読みすぎて、誰かと争いたくなくて、笑ってごまかしてしまう。七緒の美徳であり、欠点だよね」  もし俺が、腰巾着だ、みっちーといっちゃんにとって迷惑だなんて言われたらどうするだろう。たぶん笑っていられない。笑うことすらできない。ただ固まって、時が過ぎるのを待つしかできない。なっちゃんは、すごい。強い。想像しただけで、泣きそうになる。

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