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「上野の自主練につき合っていたのか――つまり、上野に惚れたのか」  もし、口になにか含んでいたらかくじつに噴きだしただろう。みっちーは実に大真面目にこう続ける。「そうか、旺二郎もあの上野に落ちたか。あいつはノンケ殺しだからな」とびきり美しい青い瞳は俺を映したあと、たしかになっちゃんを映した。だけどなっちゃんは気にした素振りを見せず、へらへらと笑っている。どこからどう見てもいつものなっちゃんなのに、昔話を聞いたせいで、その笑顔に軽さ以外のものを感じてしまう。 「ノンケ殺しって言うならちるちるでしょー、幼稚舎時代から同性に告られまくりじゃん」 「幼稚舎時代の三千留は美少女だったしね。女の子と勘違いした上級生たちがこぞって三千留に告白して撃沈してたよね。撃沈した中にはお前なら男でもいけるなんて豪語する人もいたし」  みっちーの美形っぷりは男だとか、女だとかを超越しているから、同性に告白されまくってもおかしくない。一人で納得してちらりとみっちーを見つめる。みっちーはやれやれと肩を竦めた。お前らはバカかとでも言いたげに。 「俺様が美しいのは常識だし、俺様の美しさにおかしくなるのは人間だけではない。動物とて、俺様の前にひれ伏す。そのうち俺様の美声でヘイSiriと言えばSiriとておはようございます、愛していますと返すだろう。機械さえ惚れさせる、それが白金三千留だ。つまり俺様の美しさを議論することになんら意味はない、今俺様が言っているのは旺二郎が上野に落ちた、それによって冴えない石ころだったのが、ダイヤモンドのような輝きを放っているという話だ」  ヘイSiriと言って、愛していますと返ってくる。あまりにぶっ飛んだみっちー節にぜんぶ持っていかれそうになった。あぶない。  みっちーはいつだって俺を冴えない顔だと言ってきた。本心から。それなのにいまなんて言った。ダイヤモンドのような輝きを放っている、と言われた。あのみっちーに、だ。ちょっと、いや、すごく、嬉しい。前まで冴えないって言われるのが嬉しかったのに。まぁ、四信先輩に落ちただとか、惚れただとかは、みっちーの勘違いなんだけど、否定するタイミングを完全にのがした。  みっちーの白く美しい指先が、スケッチブックを撫でる。ドリブルをする四信先輩の絵を優しく見つめていた。それがはずかしくも、嬉しくなった。 「俺様は旺二郎の絵が好きだ。特に上野を描いた絵は素晴らしいと思う」 「ありがとうみっちー。俺、コンクールにだしてみようと思って。頑張っている四信先輩を見ていたら俺も変わりたいって思ったんだ。一歩踏みだしたいって」 「そうか。一歩踏み出したい、その気持ちがすでに一歩どころか百歩も踏み出しているぞ。俺様は旺二郎を応援する――七緒、お前はいいのか。ずっと足踏み状態で」  とつぜんみっちーの青い瞳がなっちゃんのほうへ向く。予想外だったのか、なっちゃんは肩をびくりと跳ね「えっ、なーに、どうしたのちるちる」だけど、声色はいつもとおなじやわらかいものだった。だからこそ、おかしい、と思った。体はあんなに驚いていたのに、声は平然としている。空気を読むことに慣れすぎているなっちゃんだから、声は作ることができた。だけど、体はごまかすことができなかった。そんなふうに見えた。 「俺もおうちゃんを応援してるよ。この絵すごいね、ちゃんしーパイセンがここにいるみたいに、魂を感じる絵だ――おうちゃんはほんとにすごいな」  そう言ったなっちゃんの言葉に、魂を感じなかった。笑顔なのに、なっちゃんの心がどこにあるのか、俺にはわからない。なっちゃんのことがひどく遠く感じて、なにも言い返せなかった。

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