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「旺二郎変わったよな」 「え?」 「三年の間でも話題になってるぜ、国宝級イケメンっぷりに磨きがかかってるってよ。三千留が白馬の王子様なら旺二郎は異国の王子様らしいぜ、異国ってどこだよってツッコミたくなるよなー」  四信先輩は、どう思っているんですか。俺は三年にどう思われても響かないです。四信先輩にどう思われているか、それだけが気になります。  口を開けては閉じ、開けては閉じるをくり返す。いまの俺は金魚みたいに間抜けな顔をしているだろう。けっきょく頭に浮かんだ言葉は言えず、口を閉じた。 「……四信先輩は変わらないというか、ブレないですよね。どんなことがあっても揺るがない。悩みごととかもなさそう。あってもそっこーで解決しそうです」  そのかわりに口からでたのはまるで拗ねた子どものような言葉になってしまった。俺ってほんと情けない、かっこ悪い。言いたいことが言えなくて拗ねるとか、子どもにもほどがある。 「そんなことねえぞー、俺だってうじうじ悩むことあるぜ」 「たとえばどんなときに悩むんですか」 「たとえば、この間買ったばっかのバッシュがもうボロボロで困るとか、朝練したから授業眠すぎるとか――旺二郎がちょっとご機嫌ななめだからどうやってご機嫌とろうとかよ」  俺のほうへ振り返った四信先輩はまるでいたずらっ子のように笑うから、小さく噴きだしてしまった。「別に拗ねてません」「ほんとにー?」「……ちょっと拗ねてますけど」「素直でよろしい。すねすね旺二郎くんのご機嫌とるために俺はなにしたらいいですかね」ふざけた言い方をしながら四信先輩は俺の目をしっかり見てくる。ずるいなぁ、ほんと。 「……屋上の温室あるじゃないですか」 「ああ、サボりに最適な温室か」 「はい。今日温室で一緒にサボりましょう」  一人でサボる勇気はないけど、四信先輩と一緒なら怖くない。たぶん。  四信先輩はニカッと歯を見せて笑う。「昼休み、温室に集合な。五限目サボりでいいか?」もちろんと言うかわりにしっかり頷いた。数ヶ月前は四信先輩と目が合ってしまったら最後、強制ランチタイムが始まるだなんて思っていたのに。自分でもびっくりするくらいに変わった。たぶん、きっと、いい方向に。  さっきまでちっとも進まなかった筆がすいすい進む。この調子なら、なっちゃんと向き合える気がする。いつでもうまく交わしてしまうなっちゃんと話し合って、ぶつかろう。なっちゃんとは高校だけのつき合いになりたくない。ずっと友だちでいたい。だからこそ、いま向き合わなきゃ。  ひそかに決意をして、顔を上げた。ひたすらゴールと向き合っている四信先輩の背中があまりにまぶしくて、目を細める。みっちーとはまたちがうまぶしさだ。このまぶしさに俺は魅せられているんだろう。この間買ったばかりのスケッチブックが、四信先輩で埋め尽くされる日はそう遠くない。

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