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「いっちゃん」 「なにかな旺二郎」  俺史上一番低い声がでたのに、当のいっちゃんは修羅場なんて何百回もくぐり抜けたとばかりに素知らぬ顔。 「俺に言うことは」 「一志さんを僕にください」 「ぜったいやだ」  子どもみたいにそっぽを向くといっちゃんは小さく噴きだした。「旺二郎がどんなに嫌がっても僕は一志さんを諦めないよ。僕には一志さんしかいない。一志さんしか見えない。一志さんがほしい」いつだってのらりくらりと上手に生きているように見えたいっちゃんの本気をひしひしと感じる。いっちゃんは、ほんとに兄貴が好きなんだと肌で感じる。あのいっちゃんを本気にさせちゃう兄貴ってすごい。そう思う俺はほんとにブラコンだ。 「……決めるのは兄貴だからなにも言わないけど。俺はいっちゃんの応援しないからね」 「邪魔しないならなんでもいいよ。将来のために今から義兄さんって呼んでくれても構わないよ」 「ぜったいやだ」 「旺二郎可愛くないなぁ――だけどね旺二郎、僕は旺二郎の恋、応援してるよ」 「俺の、恋って、えっ、なに、それ」  俺、好きな人とかいないし。  頭に浮かんだあの人を振り払うようにぼそぼそと呟く。なんで、いま、四信さんが浮かんだんだろう。 「ふぅん。旺二郎がそう思っているならいいけど。とりあえず昼休みにいろいろ聞かせてもらおうかな」 「あ、昼休みは四信先輩と約束してる」 「押して押して押しまくる作戦か。やるね旺二郎」 「ちがうし。いっちゃんはちゃんと引いて引いて引きまくる作戦してるの」 「一志さんが可愛すぎて引けないんだよね」 「俺の兄貴になにしてんの」 「俺の兄貴か……いずれ僕だけの一志さんになるから」  さっきまでの真剣な表情はどこへやら、いっちゃんは俺をからかうように口角を上げる。いっちゃんこのやろう。唇を尖らせていっちゃんを睨むと、教室の扉が開く。なっちゃんとみっちーだろうと視線を向ける。あいかわらずみっちーまぶしい――あれ、なっちゃんがいない。だいたい二人は同じ時間帯に登校してくるのに。 「三千留聞いてよ。旺二郎、今日は四信さんとランチタイムだって」 「押して押して押しまくってるわけか。あのヘタレ旺二郎にここまでさせるとはさすがはノンケ殺し上野」 「押してない。ていうかみっちー、なっちゃんは一緒じゃないの?」  じっとみっちーを見つめる。ただ息をしているだけで、そこに存在するだけで絵になる人なんて、この世でみっちーしかいないのではないだろうか。世界中の画家が描きたいと思うであろう絶世の美少年。それなのに俺は、みっちーより四信先輩を描きたい。さっきまでなっちゃんのことを考えていたはずなのに、どうして四信先輩が頭に浮かんで離れないんだろう、俺のバカ。

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