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「よー、旺二郎! お前寝てただろ、跡すげーな」  昼休みのチャイムとともにカバンを肩にかけ、廊下をでたしゅんかん、四信先輩と目が合った。温室で待ち合わせだったのに、廊下で四信先輩と会うとか、ちょっと運命っぽい。なんてロマンチックなことを考えていたのに、四信先輩に頬を指差され、思わず手で隠した。ムードを台なしにする俺の頬バカやろう。 「昼休みに四信先輩とたくさんしゃべるために寝ておきました」 「お前可愛いこと言ってくれんじゃねえか! よし、この際放課後までしゃべり倒すか」 「俺がしゃべっている間に寝ないでくださいね」 「人がしゃべってる時に寝ねーよ! って言いてえけどお前いい声だからなー、気持ちよくて寝ちまうかも」 「べつにいい声じゃないです。ぼそぼそして、低いだけです」 「女子の間では神谷くんのイケボって話題になってんぞー、よっイケボ!」  四信先輩が俺の背中をバシバシ叩いてから、当たり前のように肩に回る。  最初はほんとにいやだった。距離感ゼロ男だと思っていた。いや、いまも距離感ゼロ男だなとは思っている。だけど、最初みたいにいやな気持ちはない。むしろ嬉しいし、それ以上にドキドキする。四信先輩の一挙一動に俺はすっかり翻弄されている。  こうやって俺以外の人も振り回しているのかな。みっちーいわく四信先輩はノンケ殺しだし。ノンケ殺しって冷静に考えると強いワードだな。そういえばみっちーも、いっちゃんも男が好きだし、俺のまわりホモしかいない。二人はホモだから四信先輩に惚れないのかな。それならなっちゃんは、どうだ。なっちゃんは女性の扱いがものすごくうまい。ノンケだ。つまり、なっちゃんは四信先輩に惚れて、いる?  思い当たる節は、ある。なっちゃんが描いた四信先輩は、優しい。あたかかい。ひだまりのようだった。「俺にとってちゃんしーパイセンは、あったかい人だからね」そう言ったなっちゃんの緑の瞳は、みっちーが渋谷歩六を見つめるものと似ていた。きわめつけは、なっちゃんの心の闇を救ったのは四信先輩だということ。 「おーい、おうじろー、どーした?」  俺がなにも言わないことに心配したのか、四信先輩は俺の顔を覗き込んでくる。真っ黒の瞳は、どこまでもかげりがない。闇のように黒いのに、四信先輩の瞳は、光に似ていると思った。目の前の人を救う光。  その光で、いままでどれだけ救ってきたんですか。これからも救うんですか。なっちゃんや、俺を救ったように。そんなの、いやだ。俺だけにしてよ。俺だけの光でいてほしい。  頭の中でみっちーの言葉がめぐる。「そうか、まだ気づいていないのか。それならそれでいい。自分で気がつくことに意義がある」ああ、そっか、俺、四信先輩が。  気がついたしゅんかん、四信先輩の視線を感じる顔が一気に熱くなる。その熱は体中に回り、俺を支配する。

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