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 屋上の扉を開け、ガラス張りの温室へ入る。この学校が『百花学園』と名前がつけられたことに納得するほど、色とりどりのバラが咲き誇っていた。  花といえばバラ、チューリップ、桜、ひまわり、そんなものぐらいしかわからない俺にとって、バラは赤い印象しかなかった。この温室にあるバラは赤だけではなく、白、ピンク、黄色、オレンジ、それに青や緑。世界に存在するであろうすべてのバラが、集まっているような気さえする。ここにみっちーが立ったら、世界中の画家は涙を流しながら絵を描くのではないだろうか。  四信先輩とバラは正直似合わない。それでも俺は、目をつむってバラの匂いをかいでいる四信先輩を描きたい。  カバンの中からスケッチブックを取りだして、椅子に腰を下ろす。放課後までサボるなら、ランチはあとでいい。とにかくいまは、四信先輩を描きたい。もちろん、しゃべることも忘れずに。 「俺とバラとか似合わねえだろ」 「似合わないですけど、描きたいです。四信先輩の生い立ちとか聞きながら、描きます。まずは誕生日とか、家族構成とか、基本的なプロフィールをどうぞ」 「色気ねえ聞き方だな! えー、上野四信、四月六日生まれの十八歳でーす」  四月生まれ、わかる。名前に四がついていることもそうだけど、四信先輩はみんなの兄貴分的立ち位置だから、真っ先に誕生日を迎える四月がよく似合う。  四信先輩は赤いバラにゆっくり触れようとしてやめる。やっぱり四信先輩にはバラが似合わないなと小さく笑う。それでもいい、描きたい、そう思うのは、俺が四信先輩を好きだからだろう。 「美女と野獣ってあるじゃん。バラの花が枯れるまでに誰かを愛し、愛されなければ永遠に野獣の姿のままってやつ。赤いバラを見るたびに俺が野獣だったらどうすんだろって悩んだよ、自分だけならまだしも、家来とかも家具になってるだろ。家来を元の姿に戻すために頑張るだろうけど、それってぜってえ真実の愛じゃねえし――なーんて、ガラにもねえこと言っちまったわ!」  赤いバラを真剣に見つめていた四信先輩は、はっとしたように次のしゅんかんには明るく笑っていた。真剣に語ってしまったことをごまかすように。ちっともごまかせてないですよと心の中で呟いて、じっと四信先輩を見つめる。 「……んだよ旺二郎、なんか言えよー」 「四信先輩らしいと思って」 「どこらへんが?」 「自分のことより、人のことを考えるところが、四信先輩らしいです。そもそも、野獣になった理由って魔女に親切にしなかったからですよね。それなら四信先輩はきっと野獣にならないです。四信先輩はみんなに優しくて誰にたいしても手を差し伸べますから」  思ったより低い声がでてしまった。  みんなに優しくしないでほしいという願望が四信先輩にバレたかもしれない。

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