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二秒でアイラブユー

「あまりに四信さんが可愛かったから思わずキスして逃げてきたってわけ? 旺二郎やるね」  いっちゃんって、ほんと、いじわるだ。  ソファーで体育座りをし、クッションに顔を埋めて現実逃避真っ最中な俺にかくじつにとどめを刺してくる。  ていうかいっちゃん、今日くらい兄弟水入らずにしてくれてもよくない? なんで当たり前のようにソファーに座ってるの? 入り浸ってるって言ってたけどほんとだったんだ。 「おい五喜、旺二郎が心の整理をしている時に混乱させるようなことを言うな」  黒いエプロンをつけた兄貴がビーフシチューを盛った皿を食卓へ運ぶ。  俺がビーフシチュー好きだって、兄貴はちゃんと覚えていてくれているんだ。さすが兄貴だとじんわり瞳が潤む。兄貴の優しさがしみわたって、泣きそうだ。 「混乱させるつもりはないんだけどなぁ。むしろ褒めているんだよ、旺二郎が四信さんにキスをする勇気があったんだって」 「……勇気じゃないよ、ただの痴漢行為だよ」  痴漢という言葉を発すると、兄貴の肩がかすかに跳ねた気がしたけれど、俺にはその意味がわからず、ひたすらクッションをぼすぼすと叩いた。  四信先輩の同意を得ていないのにキスするなんて、俺、ほんと最低だ。せめて、好きですと告白してからのキスだったらよかった。いや、よくない。それでも好きの押しつけだ。おたがいの気持ちをたしかめあって、はじめてキスをするべきだった。俺のバカ。  そのうえ、四信先輩にキモイとか言われたら生きていけないと思って、その場から逃げだしてしまった。四信先輩からなにか言われるのが怖くてスマホの電源を切って、そのあとの授業も受けずに、兄貴の家まで向かった。まだ授業が終わっていないから兄貴がいるわけないのに、体育座りをしてひたすら兄貴の帰りを待っていた俺は忠犬になれるかもしれない。ようやく兄貴が来たと顔を上げたとき、となりに当たり前のようにいっちゃんがいて、あ、ぜったいからかわれるなと思ったけど、案の定兄貴が料理を作っている間、からかわれ続けた。  ぐすぐずと鼻をすする。涙がバカみたいに流れて、それを隠そうとつよくクッションに顔を埋める。となりにいたいっちゃんはわざとらしくため息を吐く。 「痴漢っていうのは自分の欲求を押しつけ、相手の気持ちなんて微塵も考えない最低の行為だ。自分が気持ちよければいい、旺二郎、きみはそんな気持ちで四信さんにキスをしたの?」  ゆっくりクッションから顔を上げる。いつも余裕を浮かべているいっちゃんが、びっくりするほど穏やかな表情をしていたから、自然と涙が止まった。  俺が四信先輩にキスをしたのは、かわいいと思って、暴走してしまったから。あれ、やっぱりこれって痴漢じゃないのか。でも、俺が気持ちよければいい、なんてことは考えていなかった。捨てられることに恐怖心を抱く四信先輩を安心させたかったから、ちょっと、いや、だいぶ暴走してしまった。

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