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「……俺、捨てられることに恐怖を抱いている四信先輩を安心させたくて、気がついたら抱きしめて、安心したように笑った四信先輩見てたらたまらなくなって、キスしてた、やっぱり暴走してるよね、俺」  不安しかない俺に寄り添ってくれるように、今度は兄貴が俺の頭をぽんぽんと撫でた。  小さい頃からなんども、なんども、この手に救われている。父さんと母さんの記憶がまるでない俺にとって、兄貴は父であり母だ。 「旺二郎は上野の恐怖を取り払おうとしたんだよな?」 「……うん」 「そうか。それならきっと上野にもちゃんと伝わっているはずだ。だけど、旺二郎が混乱している以上に上野は混乱していると思う。だから、言葉にしてやれ。言葉にしなくても伝わることはもちろんあるが、言葉にしないと伝わらないこともある。特に好きという気持ちは、なんとなく伝わっているだろうと曖昧にせず、言葉にするべきだと俺は思う」  兄貴の声はどこまでも優しい。やわらかくて、甘い。女子が「神谷先生の声って脳がとろけるよね」とよく言っているけれど、ものすごくわかる。  甘い声で、穏やかな表情で、優しい言葉をかけられたら、バカみたいに涙が止まらなくなる。兄貴といっちゃんは顔を見合わせてから、俺の涙を拭ってくれる。  俺、ほんといい兄貴と友だちを持ったな。そう安心したら、ぐうと威勢よく腹の虫が鳴った。兄貴といっちゃんはケラケラ笑い「旺二郎って意外と図太いよね、さすが一志さんの弟」「おい五喜それどういう意味だ」「そのままの意味だよ」まるでバカップルみたいなやりとり。悔しいから言ってやらないけど、ほんのすこしお似合いだと思った。  ダイニングテーブルに並んだビーフシチュー、カプレーゼ、生ハムのサラダ、フランスパン。久しぶりの洋食、兄貴の手料理によだれがでそうになる。さぁ、食べようと兄貴のとなりに腰を下ろそうとしてから、いっちゃんを見つめる。「兄貴のとなりに座っていいの」「もちろん。となりよりも正面のほうが一志さんの顔がよく見えるからね」さすがいっちゃんだと納得し、堂々と兄貴のとなりに座ることにした。 「兄貴のビーフシチューちょううまい」 「旺二郎また泣いちゃうんじゃない?」 「もう泣かないし。兄貴、いっちゃんはやめたほうがいいと思う。すごいいじわるだよ」 「僕のちょっと意地悪なところが一志さんの男心をくすぐるんだよ」 「どうなの兄貴」 「そうだよね一志さん」  兄貴は俺といっちゃんの会話を聞いていたとは思えないほど楽しげに微笑んでいる。「お前たち妬いてしまうほど仲が良いな」「どっちに妬いたの」「どっちだろうな」一枚も二枚も上手ないっちゃんが、兄貴に翻弄されている。なかなかお似合いだなとビーフシチューを口に運んだ。うん、やっぱり兄貴のビーフシチューはほんとにうまい。

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