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 四信先輩に会ったらまず謝ろう。いや、謝るってなにを? いきなりキスしたこと? それを謝ったら、俺の気持ちまでうそみたいにならないか? やっぱり謝るよりも気持ちを伝えるのが先だ、抱きしめたのも、キスをしたのも、四信先輩が好きだから。それを言わなきゃなんにも始まらないはずだ。うん。できればスマートに、穏やかに、愛を告白しよう。それから、四信先輩が口にした「また捨てられる」の意味を聞こう。  ぐるぐるない頭で必死に考えながら学校まで走っていたら、あっという間に体育館に着いてしまった。どんな顔をして会えばいいのか、なにを言えばいいのか、いっぱいシミュレーションしたはずなのに、扉の隙間から四信先輩の姿が見えたらなにもかもぶっ飛んだ。  たかが半日、会ってないだけ。昨日の昼休み、四信先輩にキスをして逃げた。だからたった半日ぶり。それなのになん十年ぶりに会ったような、ようやく会えた、会いたかった、そんな気分になる俺ってなんなんだろう。バカなのかな。バカだよな、うん。バカでいい、バカでいいから、とにかく四信先輩を抱きしめたい。なんてこりない男なんだろう、俺は。  そう思いながら、四信先輩めがけて走って、走って、全力で手を伸ばして、その体を抱きしめていた。 「旺二郎、おは……うおっ、お前どーした、泣いてんのかよ、よしよし旺二郎くんどうしたんですかー」  四信先輩の手からバスケットボールが落ちる。  いきなり四信先輩を抱きしめた、いや、抱きついたと言ったほうが正しいかもしれない、俺の背中をその手が優しく撫でてくれている。俺が落ち着くようにとんとんと一定のリズムで叩き「俺に会えたのがそんなに嬉しいのかよ、旺二郎はほんとかわいいやつだな」なんて冗談を言ってくれる。かわいいのは俺じゃなくて四信先輩のほうですけど。そう思いながら、四信先輩の肩口に顔を埋めた。  いきなりキスをした俺にどうしてそんなに優しくしてくれるんですか。ほんと四信先輩っていい人すぎでしょ。気持ち悪いとか、無理だとか、ふつうだったら突き放すでしょ。それなのに、いつもとおなじように接してくれる。やっぱり四信先輩は、みんなのヒーローだ。 「……しのぶ、せんぱ、い」 「おう、どうした」  ゆっくり視線を下ろし、四信先輩を見つめる。いつもも変わらない、ニカッと歯を見せた太陽みたいな笑顔。  涙のせいで視界がぶれぶれなのに、俺の世界でたった一人四信先輩は鮮明だ。きっとこれからもずっと、そうなのだろう。俺の世界の中心は、これからずっと四信先輩だ。

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