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「昨日も言いましたけど、俺ぜったいに四信先輩を捨てませんよ。四信先輩が俺を捨てることはあっても、俺はぜったいに四信先輩を捨てません」
あまりに力が入ってしまったせいで、四信先輩が「おうじろ、いてえよ、力いれすぎ」と小さく笑った。よかった、笑ってくれて、すこしほっとした。四信先輩のことは泣かせたくない。ずっと笑顔でいてほしい。
「四信先輩、俺のこと信じてください」
「……え?」
四信先輩は黒い瞳を丸くして、俺のことをじっと見つめてくる。あ、かわいい。キスしたい。うっかり飛びでそうになった本能をぎゅっと理性で握りつぶして、息をのむ。いま、本能だしている場合じゃないだろ俺。理性でものを言え、理性で!
「四信先輩の過去になにがあったか俺にはわからないですけど、俺のことだけは信じてください。真実の愛ってやつ、俺と一緒にしません、か」
途中からじわじわ恥ずかしくなって、しりすぼみになっていくのが四信先輩にもバレたのか、四信先輩は思いきり口角を上げて笑っていた。「お前、カッコつけんなら最後までカッコつけろっての!」ほんとカッコつかなくてすみませんとぼそぼそ呟くと、四信先輩はわしゃわしゃと俺の髪を撫で回してくる。いきなりなにするんですかと口にしようと思ったけど、四信先輩はなにか言おうとしている気がして、口を開くまでおとなしく待つことにした。
「……俺、旺二郎のこと好きだぜ。だけど、その好きが恋愛なのか、友情なのか、いまいちわかんねえ。旺二郎にキスされても不思議と気持ち悪いとか思わなかったけど、それだけで恋愛としての好きとは判断できねえ」
四信先輩の口から好きという言葉がこぼれただけで、テンションが上がっている。その好きはまだ恋愛の好きになっていたのに、舞い上がっている。
恋愛なのか、友情なのか。そういうのを頭でごちゃごちゃ考えているうちはきっと、恋愛の好きじゃない。暴走してしまいたくなるほどの好きじゃないと、恋愛じゃないはずだ。いつか四信先輩が暴走して、俺にキスしてくれたら俺死んじゃうかも。いや、死ねないや。俺からもキスを返して、押し倒して、四信先輩のぜんぶを愛したい。
「じゃあ、四信先輩の好きを恋愛の好きに変えてみせますから。それまでなん年でも待ちます、けど、キスしてもいいですか」
だって、キスはいやじゃないんですよね。
じりじり、四信先輩に詰めよると、四信先輩はものすごく驚いたように目を見開いて「えっ、なんでそうなるんだよ?!」と声を上げる。だけど、本心からはいやじゃないと思いたい。だって、頬が赤いし。ちらちら俺の口を見ているのバレバレだし。かわいいの権化だ。
四信先輩の背中が壁に触れ、追いつめるように壁に手を突いた。これっていわゆる壁ドンか、あの壁ドンをやる日が来ようとは思わなかった。でも、こうやってみると、少女漫画のヒーローの気持ちがわかる。目の前のヒロイン、四信先輩がかわいくて、かわいくて、たまらないから、思わず自分の中に閉じこめたくなる。
「四信先輩のことを待ちますけど、そのためには俺も好きになってもらう努力しないといけませんから。俺、ファーストキスだったんです。下手くそでしたよね、ただ触れるだけ、ぶつかるだけの事故みたいなキス。それじゃあ四信先輩を満足させられません。だから、俺に協力してください、キスを上手くなって、四信先輩に気持ちよくなってもらうために」
「俺を満足させるために俺が協力するって変じゃねえ?」
「だって、四信先輩以外とキスとか無理です。練習も本番も四信先輩がいい」
四信先輩は困ったように、だけど、たしかに笑いながら、俺の頬をそっと指先で撫でる。好きな人に触れられるだけでこんなにドキドキするなんて、知らなかった。「しょうがねえやつだな、旺二郎は」そう言った四信先輩の優しげな微笑みが、ほんとに優しいのに、どうしたってエロく見えるのは、どう考えても俺が悪い。
「お前の練習も、本番も、受け止められる男になるから、待っていてくれよな」
どちらからともなく顔を近づけ、口づけを交わす。一回、二回、回数を重ねるたびに、好きが大きくなる。バスケ部の自主練が始まるまで、俺はキスを知ったばかりの子どものように、四信先輩の唇を求めた。
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