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二秒で閉める_11
白金財閥。日本で生きていれば一度は耳にしたことがあるであろう。その息子と同級生、しかも友だちになって、お家に呼ばれるなんて、ついこの間まで想像さえしなかった。
つまり、なにが言いたいかと言うと、みっちーの家があまりにもシンデレラ城。門から玄関までが遠い家なんて映画やドラマの世界だけだと思っていた。
どうしよう、俺、場違いだ。車から降りたしゅんかん、後ずさりしたくなったけど、ぽんっと肩に手を置かれた。振り向かなくてもわかる。この手は四信先輩だ。「完全アウェーって燃えるんだよな。旺二郎も楽しもうぜ」四信先輩はニカッと歯を見せて笑った。その笑顔を見るとものすごく安心するのはきっと俺だけじゃない。バスケ部員たちも、なっちゃんも、みんなこの笑顔についていきたくなる。
「旺二郎、上野、こっちだ。迷子になるといけないからしっかり俺様について来い」
大人しくみっちーの後ろについていき、おそるおそるシンデレラ城の中に足を踏み入れる。真っ先に視界に飛び込んできたのは、メイドらしき女性たち。メイドって実在するんだ。思わず声にでそうになり、飲み込む。みっちーが通りすぎるまで、しっかり立ち止まり頭を深々と下げているメイドたち。さすが俺たちの王様だ。
「とりあえずそこに座っていろ。飲み物を持って来る」
はーいと元気よく返事をしたなっちゃんは、十数人は座れるであろう真っ白いL型のソファーに腰を下ろし、カバンの中から教科書やノートを取りだす。いっちゃんと千昭さんも慣れた足取りでみっちーについていく。どうして運転手の千昭さんがみっちーの部屋についてくるんだろう、なんてことはとんでもなくささいなことに思えた。
ここ、ほんとにみっちーの一人部屋? だって、自分の部屋にキッチンがある。部屋なら当然あるはずのベッドも見当たらない。もしかして、寝室は別? 俺の小さな常識がぜんぶぶっ壊されていく気分だ。
「やっぱり三千留ってスケールでけえな。旺二郎、固まってねえで勉強するぞ!」
常識なんてとりあえず置いておこうぜ。四信先輩にそう言われた気がして、ようやく肩の力が抜けた。
ソファーを背もたれにして腰を下ろし、カバンの中から勉強していないことがバレバレなきれいな教科書をテーブルに置いた。 「旺二郎、ぜんぜん勉強してねえだろ」「授業中は睡眠タイムなんです」「だからでけえのか納得」となりに腰を下ろした四信先輩はどれどれと俺が開いた数学の教科書を覗き込む。
どうしよう。ちょう近い。四信先輩が近すぎる。いい匂いがする。四信先輩の髪から柑橘系のいい匂いが、する。勉強教えてもらう距離感として、これ、正解なの?
たぶんドキドキしているのは俺だけだ。四信先輩は平然と教科書を眺め「あー、一年ってこういうこと習うんだよな、懐かしいわ」楽しそうに笑っている。
余裕ないのは俺だけだ。ちょっと悔しい。悔しいから、テーブルの下で四信先輩の手をかすめとり、ゆっくりと繋ぐ。自分からしかけたことなのに、心臓がバカみたいに早くなる。四信先輩にこっそり視線をやると、平然を装っているつもりなのか視線は教科書にある。だけど、目元がかすかに赤い。そのうえ、俺の手をほんのすこし握り返してくれている。
ああ、もう、かわいい。その反応、反則だ。
テーブルに突っ伏したくなるのを我慢して「ここわからないんですけど」と手を繋いでいないほうで指差す。四信先輩は「ああ、えっと、ここか」とすこし動揺をだしながらも、しっかりと説明をしてくれる。
四信先輩が数学教師だったら、ぜったいに寝ないのに。木場潤の授業眠いんだよなぁ。だらだらしゃべるからだろうか。四信先輩みたいにハキハキきびきび話してくれると、とっつきにくい数学がほんのすこしわかるようになる。誰に教えてもらうかって大事だ。
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