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二秒で閉める_13

「俺、ちょっと、トイレに、行ってくる」  場所もわからないのに、みっちーの部屋から飛びだしてしまった。四信先輩にキスをして逃げだしたあの日のように。なんてかっこ悪いんだ、俺。  四信先輩が、なっちゃんが、追いかけてきたらどうしよう。どんな顔をして話せばいいか、さっぱりわからない。とにかく逃げこめる場所はないか廊下を歩いていると、あまりのまぶしさに頭がくらくらした。  みっちー? いや、でも、みっちーはあの部屋にいるはず、だけど、みっちーによく似ている。似すぎている。みっちーによく似た美しい女性が、俺のはるか前方を歩いていた。広い廊下だ。俺が避ければいいのに、圧倒的な女帝オーラに一歩も動けなくなる。  胸あたりまである金色の髪は歩くたびにふわふわとなびく。みっちーと同じ青い瞳。モデルのようなスレンダーさ。ただの廊下を歩いているはずなのに、まるでランウェイになる。それほど姿勢が良く、堂々としていた。 「坊や、逃げているのなら私の部屋に来なさい。男は嫌いだけど、坊やからはまるで男を感じないわ。だから、私の部屋に入ることを許しましょう」  男を感じない、ものすごく刺さる言葉だ。  思わず胸を押さえながら、俺は女帝の背中についていくほかなかった。 「坊やは三千留の友人よね。私は白金統花(しろかねのりか)、三千留の姉。百花大の二年なので坊やの先輩になるわ、私を敬いなさい」  あ、みっちーのお姉さんだ。すぐそう思った。敬いなさいという言葉がしっくりきすぎている。  案内された女性あらため統花様の部屋は、みっちーの部屋と似た作りになっていた。真っ黒のソファーに二人で腰を下ろすと、統花様の細い指が俺の顎をとらえる。これっていわゆる顎クイ。人生初の顎クイ。 「冴えない石ころみたいな顔ね。なにがあったのか言ってごらんなさい、聞いてあげる」  冴えない石ころ。ああ、みっちーと同じワード。  いや違う、みっちーが統花様の影響を強く受けている。統花様に教育されて出来上がったのが、いまのみっちーなんだ。 「……好きな人がいるんですけど、親友も俺と同じ人が好きで。三角関係みたいなかんじなんです。もし、親友が俺の好きな人とくっついたらどうしようって考えたらいてもたってもいられなくなって」 「なんとも石ころらしい発想ね。坊やの親友は好きな人が同じだということを知っているの」 「はい、知ってます。お互いに気持ちをぶつけたときは、親友と好きな人がつき合ってもうらまないって言ったんですけど、二人が仲良くしている姿を目の前で見たら」  言葉がつまる。それでも、統花様は急かしたりしない。促したりしない。すべてを見透かしているのだ。  いざ、四信となっちゃんが仲良くしている姿を見せられたら、どうしようもなく苦しかった。みじめだった。

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