76 / 96

二秒で閉める_14

「石ころらしい葛藤、たまらないわね。なんて可愛いのかしら。あなたが私の子猫だったら、この場でぺろりと食べてしまったところだわ」 「こ、こねこ」  子猫ってなに? この人ならほんとに食べそう。  そう思いながら、じっと統花様を見る。 「ねえ坊や、あなたは結局どうしたいの。二人が仲良くしている姿を見るのが堪えられなくて逃げてしまったら、この先どうするの。この先二人がつき合ったらあなたどこまで逃げる気? 二人が見えないところまで? それってどこかしら、天国、はたまた地獄? あなたが今するべきことは逃げることではなく、石ころらしくみっともなくとも転がることでしょう」  石ころらしく転がる。いつか、みっちーに言われた言葉だ。  みっちーも統花様に何度も助けられているのかもしれない。俺にとってみっちーが王様なら、みっちーにとって統花様こそ女王なのだろう。  そうだ、俺のやるべきことって、逃げることじゃない。石ころらしく転がること。どうして、忘れていたのだろう。四信先輩に告白をして、キスをする関係になって、安心しきっていたのかもしれない。まだ、俺たちはつき合っていないのに。名前がついた関係じゃないのに、なにを安心しているんだ、神谷旺二郎。  ソファーから立ち上がり、統花様を見つめる。統花様は俺の胸のうちの決意を見透かしたように、静かに頷いた。 「たった一瞬で冴えない石ころがダイヤモンドになったわね――ダイヤモンドだったのが、嫉妬のせいで冴えない石ころに戻っていただけかしら。まあどちらでもいいわ、私には関係のないこと。せいぜい転がり、あがきなさい。私は三千留のように助けたりはしません。転がっているあなたを足の裏で私の思うように転がして遊ぶわ。そうされたくないのなら、自らの意思で転がりなさい」 「統花様に転がされるのはノーセンキューです。でも、ありがとうございました、俺、転がってみます」  落ち込みやすいけど、立ち直りも早い。それが俺の長所かもしれないなとひそかに笑い、ドアノブをひねる。わずかに開いた扉の隙間から声が聞こえた。  廊下に誰かいる? メイドではなく男の声。この声は、四信先輩となっちゃん。もしかして、俺のことを探してくれているのだろうか。  トイレわからなくて困っていたら統花様に助けられたんだよね、よし、言いわけはこれで決まり。 「俺、ちゃんしーパイセンが――四信先輩のことがずっと前から好きだった」  大きく開け放った扉から聞こえてきた本気の告白。なっちゃんが本気になったら、俺なんか敵わない。ずっとそう思っていた。なっちゃんが本気になったら、四信先輩だって好きになっちゃう。  四信先輩がなにか口を開く前に、扉を閉めることしかできなかった。落ち込みやすいけど、立ち直りも早い。そして、やっぱり落ち込みやすい。これは、短所かもしれないとその場でずるずる倒れ込んだ。

ともだちにシェアしよう!