「褐色の坊や、なにを倒れ込んでいるの。私に踏まれて転がされたいと解釈しても？」 　扉の前でへたり込んでいたら、部屋の主に不審がられてもしょうがない。だけど、このまま起き上がらずにいたら本当に統花様に踏まれる危険を感じてすっと立ち上がる。「よろしい。それで褐色の坊や、どうして扉を閉めたかしら」それは、その、もごもごと口を開いたり閉じたりしていると、統花様の指先が俺の唇をふにっと押した。 「扉を開けた先に親友と好きな人がいた、思わず扉を閉めて二人から逃げたといったところかしら」 　俺がすべきことは逃げることではなくて、石ころらしくみっともなくも転がること。統花様にそう言われたのに、俺はなんて情けない。あまりの情けなさに涙がでる、いや、でている。ぽろぽろと流れ、バカみたいに高そうな大理石の床に落ちた。 「あら可愛い、まるで宝石みたいな涙だこと。これが私の可愛い子猫だったら試験管に入れて飾るのに。ねえ褐色の坊や、あなたは今どこへ行きたいの？」 　唇を撫でていた統花様の細い指が今度は俺の目尻に残った涙を拭った。 　俺は、どこへ行きたいのだろう。四信先輩となっちゃんのところへ行って、ちょっと待ったと乱入？　いやいや、それはない。ありえない。寒い。気持ち悪い。 　なにも聞いていない顔で扉を開けて二人の前に顔をだす？　ぜったいむりだ。顔にでる。仲のよくない人には「なにを考えているのかわからない」とよく言われるけど、仲のいい人には逆に「すぐに顔にでる」と言われる。鋭いなっちゃんにはすぐにバレるに決まっている。 　頭の中がぐしゃぐしゃだ。自分がなにをしたいのか、どうしたいのか、なんにもわからない。地に足がついていないような、ぐにゃぐにゃした道とは呼べないような場所に立っているような気分になる。 「……わかんないです。俺、どうしたらいいんでしょう、頭の中がぐしゃぐしゃで、なにをしたいのか、わからないです」 「わからないから私に助けてほしい、とでも言いたげね。私はあなたを助けませんが選択肢を提示してあげましょう。その一、扉を開けて好きな人と親友の間に割り込む。その二、好きな人たちが廊下から去ったことを確認してから三千留の部屋に戻る。その三、一旦頭を整理するために千昭に送ってもらい家に帰る――褐色の坊や、あなたはどれを選びますか」 　どれが最善の選択肢なのか、俺にはわからない。でも、その一と二は俺にとってのいい未来がいまは見えない。 　おそるおそる統花様を見つめる。統花様は氷の女王のように笑わない。クールビューティーとはまさにこの人のことだろう。その冷たさがいまの俺にちょうどいい。 「……その四、一旦頭を整理するために千昭さんに送ってもらいます。自宅じゃなくて、兄貴の家に」 　統花様の青い瞳を見てはっきりと言うと、統花様はほんの少しだけ口角を上げてすぐに戻した。 「わかりました。褐色の坊やにとって最善の道になるようせいぜい励みなさい」 　せいぜい励めよ――それはみっちーの口癖。統花様の影響だったのかと思わず頬を緩ませる。「はい、石ころらしく励みます」しっかり頷くと、また統花様は小さく笑ってすぐに氷の女王に戻った。