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二秒で開ける_02

「……で、なんでいっちゃんもついてくるの?」  後部座席に乗り込もうとしたら、すでにいっちゃんがいたから思わず扉を閉めそうになった。閉めないで大人しく入ったけど。 「だって一志さんの家に行くんでしょ、それに勉強なんにも教えてあげられなかったしね」 「教える気あったんだ」 「もちろん。ねぇ、旺二郎」 「……なにいっちゃん」 「四信さん、心配してたよ」  いま四信先輩の名前をだすいっちゃんはやっぱり意地悪だ。眉を下げていっちゃんを睨む。「ねぇ、千昭さん。旺二郎に恋のアドバイスしてあげてよ」いっちゃんは仕切りが下げられている運転席の千昭さんに声をかける。俺たちよりよっぽど大人に見える千昭さんは、恋愛経験値が高そうだ。場数もかなり踏んでいそうだし、なによりあの美貌なら放っておいても女性が寄ってくる。 「寄って来る女の中から美しいものだけを選んで抱いて、飽きたら捨てる恋愛とは呼べない代物しかしたことのない男にアドバイスを求めるとはイツキもなかなか意地悪だよね」  予想よりもっと酷い恋愛観。さすが美形は違うな。俺には一生縁のないことだ。 「オウジロウ、俺から言えることはなにもないよ。ただひとつ言えるとしたら、俺はいつだって後悔しないように生きている。明日世界が滅びるかもしれない。いつどんな事故に巻き込まれるかわからない。だから、ミチルのそばにいる時はいつだって愛を囁くよ。会えない時間もミチルのことを想っているし、電話やラインで愛を伝える。今この瞬間、愛を伝えなきゃ後悔するよ」  いつどんな事故に巻き込まれるか、その言葉にほんの少し重みを感じるのは気のせいだろうか。比喩としての言葉ではなくて、本当に巻き込まれた人間にしかだせない空気感。  いっちゃんもなにか察しているのか、いつものように軽口を叩くわけではなく、千昭さんの言葉を黙って聞いている。その横顔を見て、いっちゃんは本当に、本気で、兄貴のことが好きなんだと、たしかに思った。 「……千昭さんありがとう、ございます。俺も、ちゃんと四信先輩にもっと伝えなきゃだ」  四信先輩に好きだとたくさん言いたい。インハイ終わったら聞いてくれと言われたけど、インハイ前に世界が滅びるかもしれない。そんなの困る。いま、聞かなきゃいけないんだ。  ぐしゃぐしゃだった頭の中が、ぐにゃぐにゃだった道が、少しずつ元に戻っていく。 「Lycka till.」  英語ではない言葉、たぶん、スウェーデン語を流暢に話す姿は千昭さんによく似合っていた。意味はわからないけど、悪い言葉じゃないはず。たぶん。  となりに座るいっちゃんは「英語で言うGood luckみたな意味だよ」と笑った。やっぱり悪い意味じゃなかったと自然と頬が緩んでいた。 「そういえばオウジロウのお兄さんってイツキの好きな人だって聞いたよ、僕も挨拶していこうかな」 「千昭さんは僕たちを送り届けてくれたら速やかに帰っていいよ」 「イツキ冷たーい」 「万が一、千昭さんが一志さんの可愛さにやられたら困るからね」 「イツキったら、俺が一筋なの知っているでしょ? ありえないよ」 「ありえなくない。だって一志さんの可愛さは果てがないからね。毎日可愛くなるよ。可愛さの宝石箱だよ」  いっちゃんは大真面目に兄貴の力説する。  俺にとって兄貴はいつだってカッコイイ。品があってセクシー。とびきり優しい。いっちゃんの黒い瞳には可愛く見えるのだから、恋とは不思議だ。俺にとっても、四信先輩が誰よりも可愛く見えるように。

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