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二秒で開ける_03

「いらっしゃい五喜……旺二郎までどうしたんだ、なにかあったのか? とりあえず中に入ってくれ」  扉を開けての第一声がまさかの「いらっしゃい五喜」だとは思わず少しむっとすると、いっちゃんはどこか勝ち誇ったように微笑み「ただいま一志さん」と言い、家の中に入っていく。  ただいまってなに。お邪魔します、じゃないの。いっちゃん、あまりになじみすぎている。  思わず眉を寄せていると、兄貴とばちりと目が合った。「旺二郎も入ってくれ、中で話そう」俺の肩をぽんっと叩く兄貴がどこまでも優しいから、うんと小さく頷いた。ちょっと泣きそうになった。 「ホットレモンだ、旺二郎好きだろ」  ソファーに腰を下ろしていると、兄貴がローテーブルの上にマグカップを二つ置いた。ハチミツとレモンの懐かしい匂いにほっとする。  落ち込んだとき、兄貴がよく作ってくれたっけ。ホットレモンを飲んで、兄貴に優しく背中を撫でられるといつのまにか元気になる。「……ありがとう兄貴」泣きそうなせいか、声が情けなく震えてしまった。それをごまかすためにマグカップを手にとる。あたたかい。まるで兄貴の優しさみたいだ。 「僕も一志さんのホットレモン好きだよ。もちろん一志さんのほうが好きだけどね」 「わかったから五喜は黙ってろ」  いっちゃんははーいと黙る気がなさそうな返事をするとマグカップに手を伸ばした。  いっちゃんもきっと兄貴のホットレモンを飲んだことがあるのだろう、幸せそうに目を細めて飲んでいる。いっちゃんは誰といるときよりも、兄貴といるときが幸せなのだと、表情を見ていればわかる。言葉にしなくてもわかるけど、それでもいっちゃんは兄貴に好きだとちゃんと言葉にしている。千昭さんの教えを守っているのか、元からなのか、俺にはわからないけれど。  ゆっくりホットレモンに口をつける。おいしい。今日みっちーの家で飲んだサフトもおいしかったけど、このホットレモンをこえるものはきっとない。 「……なっちゃんが、四信先輩に告白しているところを聞いちゃったんだ」  兄貴はなにも言わずに俺のとなりに座ると、ゆっくり背中を撫でてくれる。いっちゃんは「……ふぅん、そっか、七緒が四信さんに告白か」と言い、ホットレモンを飲む。なにかを考えるように。 「それを聞いたら、頭の中がぐしゃぐしゃになっちゃって。自分がどうしたいのか、わからなくなっちゃったんだけど、ここに来るまでの間に頭がちょっと整理されたし、兄貴のホットレモン飲んだら、なんだろう、ちょう落ち着いた。やりたいこと、ちゃんと決まった」  統花様、千昭さん、兄貴。三人が俺の道をしっかり正してくれた気がする。ついでにいっちゃんも。  ぽんっと兄貴が背中を叩く。「……旺二郎、本当に強くなったな」体育祭の日にも兄貴は強くなったと言ってくれたけど、今日のほうがあのときよりも兄貴の気持ちが深い気がした。俺はあの日より強くなれただろうか、なれたらいいなと微笑む。 「で、旺二郎のやりたいことってなにかな。僕たちに聞かせてよ」 「ぜったいやだ」 「明日自主練している四信さんに会って、もう一度告白するとかでしょ」 「……そ、それだけじゃない」  もちろん、四信先輩に告白はする。なっちゃんに告白されていたところを目撃したことも、ちゃんと伝える。そのうえで四信先輩が好きだという気持ちは誰にも負けていないと宣言する。それから、インハイが終わったら聞いてくれと言っていた話を聞く。それから、それから、どうしよう。あとは、その場で決めよう。

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