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二秒で決める
「え、インハイって東京でやらないんですか」
「毎年変わるんだよ、今年は沖縄」
「お、おきなわ」
夏休みに入った次の日、いつもどおり四信先輩の自主練につき合っていたら「俺来週から沖縄行くから」と四信先輩にあまりにもあっさり言われ、手からスケッチブックを落としてしまった。
四信先輩を好きになり、つき合うようになってから、バスケのことも少しずつ知ったつもりでいたけれど、インハイの場所すら知らなかった俺、バカすぎる。ググればなんだって検索できる時代なのに、俺はいままでなにをしていたんだ。
沖縄なんてどう考えても夏休みの人気スポットだ。いまから予約できる旅館なんてあるのか? そもそも沖縄ってどれくらいかかるの? 俺のお小遣いでいける?
「……俺、沖縄に行けるお金ないです、でも四信先輩の勇姿は焼きつけたいし、どうすれば」
最悪だと頭を抱えていると、慌てた四信先輩が俺のとなりの椅子に腰を下ろして「よーしよし旺二郎、泣くなって」頭を撫でてくれた。
犬扱いされている気がするけれど、四信先輩の犬ならむしろ大歓迎だ問題ない。
「知ってるもんだと思ってた俺がマジで悪かった、そんなに落ち込むなよ。こうなったら奥の手だな」
「オクノテ? 奥の手、奥様の手……四信先輩の手のことですか。俺の奥さんになってくれるんですか」
俺はいつでもウェルカムですと四信先輩の手を握りしめると、四信先輩はかすかに頬を赤らめて前髪をくしゃくしゃ掻き乱した。
だから、その仕草かわいすぎるってば。四信先輩の手をぐっと掴んで引き寄せ、薄くて大きな唇にキスをした。やわらかい。ずっと触れていたくなる。すりすりと押しつけ、優しく啄ばむと四信先輩は俺の手をきゅっと握り返してきた。かわいい、かわいい、かわいい。四信先輩、かわいすぎる。
もっと触れたい、もっと四信先輩の奥を暴きたい。学校の体育館、いつ部員たちが来てもおかしくない状況だとわかっているのに、四信先輩に一度触れてしまうともうだめだ。ブレーキがぶっ壊れる。止まりたくても、止まれそうにない。
「っんぅ……っおうじろ、ちがう、奥の手っていうのは、そーいうことじゃねえか、ら」
ちゅうっ、と甘く唇に吸いつくと、四信先輩が弱々しく俺の胸を叩く。口からもれた甘い息づかいにまたキスをしたくなるけれど、今度は四信先輩の手が俺の口を覆い「こーら、ちゃんと待て」たしなめるようにそう言った。
やっぱり犬扱い。だけど、四信先輩の言い方がかわいくてときめくのだから俺はどうやら末期のようだ。こーらってやばい。もっと四信先輩に叱られたくなる。
「っんぁっ……、旺二郎は、待てができねえな」
手のひらをべろりと舐め上げると、四信先輩はくすぐったげに瞳を和らげる。
いまの声、かわいい。むしろえっちだ、えっちすぎる。ぞくぞくと興奮して暴走しそうになる自分を必死に抑える。
こういうときはどうすればいいんだっけ、素数を数えるんだっけか。そういえばいっちゃんは「僕は変格活用を唱えることにしてるよ」なんて言っていたっけ。さすが兄貴ガチ勢だといっちゃんをうっかり認めてしまいそうになったことを覚えている。
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