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二秒で決める_05
「ういーシノブ……は?」
ガラッ。体育館の扉が豪快に開く音がする。
えっ、と声を上げずにゆっくり視線だけ扉のほうへ向ける。いつも以上にたれ目がちで気まずげな渋谷歩六とばっちり目が合ってしまった。
俺も、四信先輩も、渋谷歩六も、みんな固まる。しばらく沈黙が流れ、一番最初に動いたのは四信先輩だ。俺の膝の上から退いて「ういー、歩六!」努めていつもどおりにふるまおうとしている。耳だけは真っ赤に染め上げているところが最高にかわいい。
「ういーじゃなくね?! えっなに? お前らそーいう関係なの? 俺聞いてねえんだけど!」
渋谷歩六は俺と四信先輩を交互に見て、首を傾げる。
ばくばくばく、心臓が激しく音を立てる。気持ち悪いって言われたらどうしよう、俺はいいけど、四信先輩を傷つけないでほしい。無神経な渋谷歩六はさらっと言いそうだなと顔を上げ、渋谷歩六を見つめる。
あれ。気持ち悪いって顔はしていない。四信先輩が俺たちの関係を隠していたことに不満を抱いている、渋谷歩六はそういう顔をしていた。
「あー……隠してて悪かった。歩六にはいつか言わねえとって思ってたけど、インハイ終わってからのほうが影響なくていいと思ったんだよ」
精神状態が不安定だと、プレーにも影響がある。四信先輩の考えは、バスケ部部長らしい気遣いだ。
渋谷歩六は四信先輩の言い分に思いきりため息を吐いてから、四信先輩の背中を思いきり叩く。べたべたしないでほしいとこっそり睨んでいると、渋谷歩六に視線がバレたのか「勘違いすんなよ、下心ねえから!」清々しいほどはっきり言われた。
「バーカ、そんなことで俺のプレーに影響でると思ってんのかよ! 俺はバスケ部エースだぞ、よゆーだよゆー! つーか俺がキモッとか言うと思ったか? まあ、ちょっと前の俺なら確実に言っただろうけど。なんてたってハイパーノンケだったわけだし? でも、今の俺にはシノブと神谷の気持ち、わかる。エロいなー好きだなーって気持ちに性別は関係ねえってこと、俺もちゃんと知ったってからよ。だからもうなにも隠すんじゃねえよ、俺とシノブの仲だろ!」
渋谷歩六の両腕が四信先輩の肩を揺する姿を見て、不覚にもグッと来てしまった。俺が、渋谷歩六に感動する日が来るなんて思いもしなかった。
どうしよう、涙がでそうだ。だけどこの状況で鼻をすすりでもしたら台なしすぎる。そうだ、木になろう。四信先輩たちを見守る木に。
「おう、俺と歩六の仲だもんな。隠しごととかなしだよな! で、歩六さん、お前をハイパーノンケじゃなくしたやつって誰なんだよ」
四信先輩は黒い瞳に涙をにじませながらも、ニカッと歯を向けて笑い、渋谷歩六の背中を叩いた。
女好きオラオラ系渋谷歩六が、ハイパーノンケじゃなくなった? えっ、どういうこと?
意味がわからなすぎて、木になることをすっかり忘れて首を傾げる。
渋谷歩六はしまったとばかりに目を見開く。
あの渋谷歩六をハイパーノンケじゃなくしたってことは、男もいけるようにしたということか? みっちー失恋しちゃったの?
「それはヒミツだよ! おい神谷、シノブを泣かしたら承知しねえからな! 幸せにしろよな!」
渋谷歩六は豪快に話をそらすように、人差し指を俺に向ける。俺、この人のこと嫌いじゃないかも。そう思いながら「はい、幸せにしますしなります」しっかり頷いてみせた。
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