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二秒で決める_08

 ホテルの部屋に着くと、真っ先に手荷物から水彩画を描くための道具を取り出す。本当は服をクローゼットに入れたり、いろいろしたほうがいいのだろうけど、描きたい欲が高まっているうちにどうしても描きたい。  スケッチブックと水彩紙、筆や絵の具を抱え込み、バルコニーへ。テーブルにどさっと抱え込んだ荷物を置いて、スケッチブックをめくる。  あった。さっき車の中で描いた二人の絵。司さん、幸せそうだったな。あの人が『愛しの子猫』なのかな。てっきり女性の愛人かと思ったけど、男だとは。だけど、そんなことは気にならない。俺だって四信先輩とつき合っているし、なにより司さんが心から幸せそうに笑っていた。窮屈な世界で生きている司さんにとって、彼は安らぎなのかもしれない。  ラフの絵を見ながら、水彩紙に司さんと少年、エメラルドグリーンの海、青い空、白い雲を描いていく。いままではスケッチブックに白黒ばかりで描いていたけれど、色を塗るだけでこんなにも変わるのか。白黒にももちろんよさがある。だけど、沖縄の美しい景色はやっぱり色があったほうがいい。 「……で、きた」  司さんと愛しの子猫のおかげで、優しい絵になった気がする。タイトルはどうしようかな、モネのタイトルをもじって『沖縄の海の砂浜の散歩』とか?  クロップドパンツのポケットからスマホを取り出し、写真を撮る。なっちゃんみたいにはうまく撮れそうにないけれど、一番マシだった一枚をみっちーに送った。 『司さんと愛しの子猫がモネみたいできれいだったから描いたよ』  ふと視線を海へと向ける。エメラルドグリーンの海にゆっくりと夕日が沈む。  きれいな光景を見ると、四信先輩に会いたくなる。一緒に見たくなる。人を好きになると、美しいものきれいなものをなんでも共有したくなるのかもしれない。  あとで四信先輩に見せるために写真を撮る。やっぱりなっちゃんみたいにうまくは撮れないやと笑っていると、スマホが震える。え、四信先輩から電話? 「も、もしもし、四信先輩ですか」 「おう! 旺二郎今どこ? ホテル?」  がやがやと四信先輩の後ろで騒いでいる声がする。部員たちと一緒にいるのだろうどこまでも賑やかだ。 「はい。絵を描いてました」 「三千留に言われたやつ? なあ、俺にも見せて。つーかこのあと部屋行っていい? 俺の部屋に来るってラインくれたけどよ、一人部屋じゃねえし。それにスイートルームつーの? どんな感じが見てえんだよな」 「え、あ、はい! でもスイートルームって特別なルームキーないと入れないので、ロビーで待ち合わせしましょうか」 「りょーかい! 飯食ったらロビーに行くわ、じゃあまたな!」  電話を切ると、とたんに冷静になる。  四信先輩が俺の部屋に来る? なにその展開。俺暴走機関車になっちゃうんだけど。性欲を抑える方法ってググったほうがいい? でも四信先輩を前にするとムラムラするから抑えられるわけがない。  どうしたらいいんだろうと髪を掻き乱す。よし、とりあえず部屋を片付けよう。現実逃避かもしれないけれど、服を片付けるうちに考えがまとまるかもしれない。  完成した絵と道具を抱え、バルコニーから部屋へと移動した。

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