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4.六年前

その日も武原は、生物準備室で煙草を吸っていた。 「ここ、禁煙ですよ」 「うるさい」 武原の口から煙草を奪って消す。 そんな僕を武原は面白そうに見ていた。 「青木は俺のおかんか」 「うるさいですよ」 熱い顔を誤魔化すように窓を開けると、冷たい風が頬を撫でた。 校庭では明日の文化祭に向けて準備が進んでいる。 「おまえはいいのか」 「別に興味、ないですし」 空いた机にノートと参考書を開く。 家は弟妹がうるさく、勉強ができない。 入学当初、静かに勉強できる場所を求めて、見つけたのがここだった。 武原は二年になった春に赴任してきてここに居座ってる。 まあ、生物教師だからと言われれば仕方ない。 それに、僕がここにいることに文句はないようだし。 「勉強ばっかで友達いないもんな、おまえ」 「だから禁煙ですって」 武原が新たにくわえた煙草に火をつけるより早く奪うと、やれやれと肩を竦められた。 ここは禁煙だというのに、武原は平気で煙草を吸う。 何度注意しても聞き入れてもらえない。 ……なのに。 僕がいまでも、ここを勉強場所として使っているのには理由がある。 僕は……武原が好きだから。 いつもけだるそうでやる気のない武原。 現に、しょっちゅう教頭注意されているし、いつここでの喫煙がばれるのか、冷や冷やしている。 そんな武原だけれど、授業は魅力的だった。 命が、文字や記号としてではなく、きちんと命として語られる。 無味乾燥な、白黒の授業の中で、武原の授業だけは鮮やかに色づいて見えた。 最初は、ただの憧れだった。 けれどそれはいつしか、恋にも似た気持ちに変わっていく。 しかし、相手は教師でしかも男。 この気持ちはずっと、死ぬまで秘密にしなければいけないと思っていた。

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