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「ちるちるの挨拶相変わらずサイコーだったねー」
七緒は大きく伸びをすると、ピンク色をした髪がふわふわと揺れた。中学一年の夏、急に髪をピンクにした時は驚いたけれど、今ではピンクじゃなかった七緒が思い出せないほどしっくり来ている。
「三千留の頭の中ってどうなっているのか見てみたいよね、クレイジーすぎる」
「お前たちは俺様にただつき従えばいい、さすれば俺様が降りかかる火の粉を払ってやる。つき従わずに好き勝手にするのもまた一興。そうして砕けたとしたら俺様が拾い集めてやろう――いやー、やばいわ、痺れる、ちるちるやばたにえんだわー。あれちるちるじゃなかったらマジ寒いよね、ちるちるだからみんな泣いちゃうんだよねー三千留様コールすごかったね!」
「それ三千留の真似? 似てないね」
「いっくん冷たい」
幼稚舎上がりの連中はもちろん、高校入学組は初めて見た白金三千留という男に度肝を抜かれたのだろう「白金はんぱねぇな」「白金家の御曹司が言うと重みが違うわ」「圧倒的美形だからこそ許される感な」と話題は三千留の挨拶で持ちきりだった。
七緒と一緒に入学式が行われたオーディトリアムからでる。同級生のほとんどは幼稚舎上がりで見知った顔ばかり、歯ごたえがありそうな高校入学組はいないのだろうかと見渡すと、女性の視線を独り占めしている新入生を見つけた。
自分の容姿が優れていることに自覚がないのだろう、ワックスさえつけていない焦げ茶の短髪。明るい茶色の瞳に褐色肌。痴漢されていた教師にどこか似ているのは、気のせいだろうか。顔かたちが、どこか似ている。よく見るとまるで違うけれど。目の前の男にはまるで色気というものがない。色気どころか、覇気すらも感じられない。ああ、面白い男だな、仲良くなりたいと素直に思った。
面白い男だと思ったのは僕だけではなかったらしい、気がついた時には七緒が「俺、幼稚舎から百花なんだー、きみは違うっしょ? わかんないことあったらなんでも聞いてよ、俺、本郷七緒よろ!」と声をかけていた。
「あ、えっと、神谷旺二郎 です。よろしく」
「名前までイケメンとはすごいね。僕は広尾五喜 。七緒、新入生代表をしていた三千留と幼なじみなんだ。よろしくね」
旺二郎はイケメンと言われて、茶色い瞳を丸くする。ここまでピンと来ないのは珍しい。国宝級イケメンと評されても不思議ではない容姿をしているのに。やっぱり面白い。
「僕、ちょっと教師に顔を売ってくるから先に教室行っててよ」
「さっすがいっくん! 高校でも優等生スタイル貫くわけかー」
「当たり前でしょ、優等生ってものすごく楽なんだよ。じゃあ二人ともまたあとで」
旺二郎の前であっさり優等生の皮を外してしまったけど、まぁいいか。旺二郎ならきっと大丈夫。確信に似たものを感じながら、一人の教師を探す。
教師席に座っていたが、挨拶はしなかった。残念ながら担任ではないのだろうが、一年の教科を受け持つはずだ。
オーディトリアムから次から次へと生徒がでてくる。そろそろ教師もでてくるはずと背筋を伸ばしていると「広尾」と今朝聞いたやわらかくて甘い声。ゆっくり視線を声の方向へ向けると、目的の教師が立っていた。
新入生は全員名前が呼ばれるが、それにしても一人一人の名前をきちんと覚えているとは、真面目な男だ。だからこそ、痴漢に遭うのかもしれない。そう思いながら男の出方を待つ。
「……今朝は情けないところを見せてすまなかった、助けてくれてありがとう」
情けないというか、朝からあんな色気のあるものが見られるとは思わなかったですとは言わず、にっこり優等生スマイルを浮かべる。
「いえ、困っている人がいたら助けるのは当然のことですから。先生は――名前を聞いてもよろしいですか」
「すまない、まだ名乗っていなかったな。俺は神谷一志 、一年と三年の古典担当だ、これからよろしく」
「神谷……旺二郎のお兄さんですか」
「旺二郎は俺の弟だ。広尾は旺二郎と同じクラスだったな。あいつは人見知りするが、いい子なんだ。仲良くしてやってくれ」
褐色の手がすいっとこちらに差し出される。
まったくこの人は、警戒心が足りていない。もし僕が「痴漢に尻を撫で回されていたのだから、僕にされてもいいでしょう」なんて言ったらどうするつもりなのだろう。つゆほど思っていないからこそ、こんなふうに手を差し出せる。こんなに信頼されると、ちょっと意地悪したくなるのが男の性なんだけど、わかっているのかな。
神谷先生の手を掴むと、男子トイレに連れ込む。「おい、広尾」なにするんだと言いたげな厚ぼったい唇を親指でゆっくりなぞると、先生はきゅっと唇を結ぶ。困ったように眉尻を下げながらも、黒い瞳はキッと僕を睨んでいる。
その顔かぁわいい、もっと意地悪したくなる。
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