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王からの褒美

 誕生日を純粋に喜んでいたのは三歳までだ。それ以降は、『広尾家の次男坊』としての誕生日。広尾家に益となるであろう大人たちに、偽りの笑みを並べる会。誕生日とは名ばかりの大人たちによる人脈がある作り。それでも、一人の五喜として立っていられるのは、三千留のおかげだ。三千留と出会っていなかったら、僕は生涯誰に対しても偽りの優等生を貫いていただろう。 「どうした五喜、なにを笑っている」  本日の主役は『広尾五喜』にも関わらず、白いスーツを着てくる男はそういない。その上でこれほど白スーツを着こなせる男は二人といない。  そう思いながら、ノンアルコールカクテルを飲んでいる三千留を見つめる。 「昔を思い出して笑ってただけ」 「俺様と出会った日のことか? あの時の五喜は傑作だったな」 「傑作だったのは三千留でしょ。僕の顔をいきなり引っ掴んでさ」 「あれは五喜が悪い。形状記憶みたいな笑顔を浮かべて、他の大人は騙せても、俺様に通じるわけがないだろう――そういえばまだ言っていなかったな、五喜誕生日おめでとう」 「別にめでたくないけどね、ありがとう」  四歳の誕生日。『広尾家の次男坊』として迎えた初めての誕生日。慣れない袴を着せられ、父親に連れられた煌びやかな高級ホテルで下衆な大人たちに繰り返し挨拶をさせられた。  幼い時分でも、僕の誕生日を利用して、大人たちが人脈を広げていることは理解できる。それならば、広尾家に恥じぬようにとできうるかぎりの笑顔を浮かべるまで。しかし不自然にはならないギリギリのラインの笑顔。大人たちはみな「さすが広尾家のご子息。四歳とは思えない聡明さだ」と僕を褒め称えた。  大人って案外ちょろい。そう思い始めた僕を見抜いたのは、まだ三歳の三千留だった。たったの三歳だというのに、三千留はすでに会場にいる誰もがひれ伏してしまいたくなる絶対王者の風格を持ち合わせ、僕の顔を引っ掴んでこう言った。「ああ、仮面じゃなかったのか。形状記憶みたいな笑顔浮かべているから仮面かと思ったぞ」なんて失礼なことを言うガキだと、自分もガキなのに思い、憤った。それと同時に、なんて面白い男だ。この男と友だちになりたいと願った。あの日から三千留は友であり、僕の王様だ。 「ねぇ、三千留はどうして僕と友だちになってくれたの」 「決まっているだろう。俺様を必要としている、そんな顔をしていたからだ」  どんな顔だよ。思わず小さく噴き出してから、咳払いをする。ここは公共の場だ。三千留と二人きりのプライベートな空間ではない。無邪気な子供のように笑っていい場所ではないのだと気を引き締めると、もっとも会いたくない人たちが視界の端に入る。三千留の視界にも入ったのか、「久しぶりだな、清恵(きよえ)に清道」と僕よりも先に、僕の母親と兄に挨拶をした。 「三千留さんお久しぶりですね、ますますお美しくなられて本物の王子様みたいだわ」 「さすが清恵はよくわかっている。今は王子だが、いずれ王になる男。媚を売って損はないぞ、清道」 「俺が媚びを売るような人間ではないと知ってその口ぶり、本当に人が悪いな三千留は」  この場に三千留がいてくれてよかった。三千留がいるからこそ、この二人を前にして立つことができる。 「お久しぶりです母さんに兄さん」と軽く頭を下げる。母は「あら、五喜さんいらしたのね。お誕生日おめでとうございます」と美しい顔に笑顔ひとつ浮かべずに言った。いらしたのねって、今日は僕の誕生日パーティーですからねと言いたくなるのをぐっと堪えた。 「……五喜、誕生日おめでとう。その、一人暮らしはもう慣れたのか」  真ん中分けの黒髪、どうあがいても野暮ったくなる髪型。それでも兄にはそれがよく似合っているし、人目をひく容姿をしている。タレ目がちなのにどこか冷たさを感じる切れ長の瞳。完璧主義さを思わせるキリッとした眉。母によく似た美しい顔立ちだ。僕にはちっとも似ていない。不器用すぎるほど堅物な性格、どこをとっても、似ていないのだ。  今だって、僕となにを話したらいいのかわからないが、必死に話題を探しているのが丸わかり。だけど、その必死さが今はありがたい。母と話すより、兄と話したほうがよっぽどいい。母との会話は息が詰まってしょうがない。まぁ兄が必死にならずとも、三千留が察してくれ、母の相手をしてくれている。本当に楽しそうに笑っている母を見て、驚く。三千留の前ではそんな顔ができるのかと。いや、僕の前でなければ、美しい顔に笑顔を浮かべるのかもしれない。 「ありがとうございます。一人暮らしはそうですね、快適ですよ――そういえば、神谷先生が、兄さんによろしくと伝えておいてくれと。兄さんは神谷一志先生とは同級生なんですよね」  一志さんと出会ってはや一ヶ月。早起きは元々得意だが、朝一番に一志さんと会える喜びで今では目覚ましが鳴るより早く目が覚める体になっている。  毎朝一志さんの家まで迎えに行き、できうるかぎり下校を共にするのは、楽しいことこの上ない。最初のほうは「本当に毎朝登校する気か」と眉を下げていた一志さんも、最近は「おはよう五喜」と笑顔で返してくれるようになった。  正直言って可愛い。ものすごく可愛い。世界中の可愛いを集めたら一志さんになるのかもしれないと馬鹿になるほど可愛い。一志さんの笑顔を見るたびに抱きしめたくなるし、キスがしたい。もっと愛したい。自分の中にこれほどの欲が眠っていることを、一志さんと出会って知った。「痴漢から守ってあげるご褒美」と称して、毎日一回キスを交わすのがルール(最初ものすごく渋られた。そこまでして守ってもらわなくていいと一志さんに突っぱねられたけど、強カード『旺二郎にバラす』をチラつかせ了承してもらった。もちろん三千留には怒られた)になっているけれど、正直一回では足りない。何百回、何千回したとして、僕は満足できないだろう。  一志さんにとって兄は大切な友人、そんな口ぶりだったが、兄にとってはどうなのか。それを見極めるために兄が口を開くまで待つ。

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