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「ねぇ一志さん誕生日プレゼントちょうだい」
「俺にできることなら」
「そんなこと言っちゃっていいの」
「五喜のことを信頼しているからな」
ああ、もうずるい。ほんとにずるいよ、一志さん。
僕の目をはっきり見て、心から信頼していると笑う一志さんを前にしたら、その信頼を裏切りたくない、応えたいって思う。意地悪したくなったり、応えたくなったり、一志さんと一緒にいると、自分の感情がコントロールできなくて困る。だけどそれが楽しい。
一緒にソファーに倒れ込んでいた一志さんの体を抱き起こして、膝に頭を乗せた。人生初の膝枕は、想像以上にいい、脳がとろける。男の膝なんてゴツゴツして気持ち良くないと思ったのに、一志さんの膝は人を駄目にする。どんどん甘やかされて駄目になっている。
国宝級イケメンと謳われる旺二郎の兄だけあるなと下から一志さんを眺める。真正面から見て美人でも、横や下から見るとそうでもない人は大勢いるだろうけれど、一志さんは美しい。顎のラインや鼻の高さ、完璧なバランスで配置されている。ずっと眺めていられる。飽きない。やっぱり、人を駄目にする膝だ。
「誕生日プレゼントに一志さんの膝枕をちょうだい。今日だけじゃなくて、今日からずっと僕専用」
一志さんのお腹に顔を寄せながらそう言うと、小さな笑い声が上から聞こえた。
子ども扱いされている気がする。いつだって、大人だ、落ち着いていると言われてきた僕を、一志さんは簡単に子どもにしてしまう。いわゆる掌で転がされている状態かもしれない。
一志さんの細くて長い指が僕の髪を撫でる。こんな風に旺二郎のことも撫でていたのだろうか。一志さんの手も僕専用にしてしまいたい。
「俺の膝枕でいいのか」
「一志さんだからいいんだよ。物事をシンプルに考えてわかったんだよね、僕は一志さんのことが好き。五年も、四年も待っていられない、今すぐ僕のものにしたい。だから、一志さんを振り向かせることにするよ。一志さんの口から五年も待てない、五喜のものになりたいって言わせてみせる」
だから覚悟しておいてねと決意表明を口にした途端、どっと眠気が襲う。
一志さんの膝枕でこのまま寝てしまいたい、ああ、でも、袴のまま寝るのは駄目だ。今すぐ一志さんの膝から頭を起こして、体も起こさないと、なにもする気が起きなくなる。
「あー、一志さん、このまま一緒に寝よ」
「その袴、シワになるぞ。とりあえず脱げ」
「一志さんのえっち」
「……部屋から追い出されるか、袴を脱いでベッドで一緒に寝るか、今なら選ばせてやるぞ」
「すぐに脱ぎます」
「よし、いい子だ」
よしよしと子どもみたいに撫でられるのはちょっと気に食わないけれど、ベッドで一緒に寝るというチャンスを逃すわけにはいかない。勢いよく一志さんの膝から体を起こして、袴を脱ごうとすると「部屋着持ってくるからちょっと待ってろ」と止められ、一志さんはソファーから降りて、寝室に向かった。
パンイチで一志さんを抱きしめて眠るのもありかと思ったけど、完全にセクハラになりそうだし、今日は諦めて部屋着を着よう。一志さんとはさほど身長が変わらないけど、一志さんのほうが圧倒的に細い。スウェットはゆったりしているから大丈夫かなと考えていると、一志さんがネイビーのスウェットを手に持って戻ってきた。
「旺二郎が泊まりにきた時に使っているスウェットだからサイズは問題ないと思う」
「……旺二郎のスウェットがこの部屋にあるって悔しい。僕の寝巻きも持ってくる」
「意味がわからないんだが」
「僕は一志さんを口説くって決めたから、この部屋にも入り浸ろうと思ってるよ。歯ブラシとか持ってくるね」
「おい五喜、勝手に話を進めるな」
「大丈夫、一志さんがいいって言うまでセックスはしないから。でもキスはさせてね、目の前に一志さんがいるのにキスもできないとか無理」
ネイビーのスウェットに着替え、一志さんのほうを向き直ると耳まで真っ赤に染めている。わなわなと唇を震わせ「……セックスとか、簡単に口にするな」と声を震わせる一志さんが最高に可愛かったから、思わずキスをしたけれど僕はまったく悪くないと思う。
「一志さんがあんまり可愛いから目覚めた」
「もう日付が変わるから寝るぞ」
「おやすみのキスしてもいい?」
「駄目って言ってもするだろ」
「よくわかってるね、さすが一志さん」
ほらこっちだ寝るぞと一志さんに手を引かれ、リビングから寝室へ。一人暮らしにしては大きいベッドの意味は、なんとなく察しがつく。旺二郎が泊まりにきた時に一緒に寝る為だろう。リビングにあるソファーでも寝られるけれど、きっと一志さんなら旺二郎に一緒に寝ようと言う。一志さんに頭を撫でられて眠りにつく旺二郎が目に浮かぶ。羨ましい。
ベッドカバーをめくる一志さんをじっと見つめていると、熱い視線を感じとったのか「どうした五喜」と首を傾げる。だからその仕草可愛すぎてずるい。ベッドに乗り上げ、軽く一志さんの唇に吸いついた。
「今のはおやすみのキスか」
「一志さん可愛いなのキス」
「……キスは一日一回だけだと思っていたんだが」
「一志さんが可愛いと思ったらキスするっていうオプションを追加したい」
「いい年した男が可愛いわけないと思うんだが、五喜は視力悪いのか」
視力はいいよと眼鏡のブリッジを押し上げようとすると、かけていないことを思い出した。そういえば一志さんに外されてからしていないんだった。出会った日、隠さなくていいと言われてから、すっかり油断している自分がいる。「視力はいいよ、だから一志さんのすべてをじっくり見られる」一志さんの腕を引っ張り、ベッドの中で抱き寄せると思いきりデコピンされた。「調子に乗るな、早く寝ろ」早口でまくし立てる一志さんが可愛くて、今度こそおやすみのキスを厚ぼったくてやわらかい唇に送った。
誕生日を純粋に喜べたのは三歳まで、そう思っていたけれど、十六を迎えた僕はこれ以上ないほど幸福だ。
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