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「……俺は、そういうことを言っているわけじゃなくて、ああ、もう」 「つまり、朝食も夕飯もしっかり食べろって話だよね。でも僕は自分のために料理をしたいとは思えないんだ」 「わかった。それなら毎朝一緒に食べよう。夜はお互いに用事があるかもしれないが、できるかぎり一緒に」  毎朝一緒に食べる。夜もできるかぎり一緒に。それってまるでプロポーズだ。きっと一志さんはなにもわかっていない。登下校してくれるお礼としか思っていないのだろう。くすぶっていた感情に一志さんは簡単に火を点ける。どこまで僕を煽る気なんだ。押し倒さないでいる僕を誰か褒めてほしいよ。 「僕にしかメリットがないんだけどいいの?」 「そんなことは、ない」 「一志さんにもメリットがあるの? 作る手間が増えるよ」 「……メリットデメリットばかり考えて生きていない。それに、五喜と飯を食べることは、俺にとっても楽しいと思う、から」  問い.一志さんが可愛すぎて理性がどうにかなりそうです。どうしたらいいですか?  とりあえず深呼吸をする。手に持っていたお椀を置いてから、一志さんを力いっぱい抱きしめた。「五喜、いきなりどうした」どうして抱きしめられたのか、一志さんはさっぱりわかっていない。自分の可愛さを、なにも理解していない。そこがまた可愛くてたまらない。  利益になる、ならない。損得勘定でしか生きてこなかった僕にとって、「メリットデメリットばかり考えて生きていない」という言葉は嘘にしか聞こえない。だけど、一志さんは、本当にそういう人だ。自分のメリットにならなくても困っている人がいたら助けるし、優しくする。自分の時間を犠牲にしたって構わない。不器用に見える一志さんの生き方は、僕からしたらとても眩しい。だから、こんなにも惹かれる。 「一志さんって天然たらしだよね。毎秒一志さんが好きになってるんだけど、どうしてくれるのかな」 「天然たらしじゃないと思うんだか。そんなことより朝食と夕飯、一緒に食べるのか食べないのか、決めてくれ」 「もちろん食べる。一日の始まりと終わりに一志さんの顔を見て食事ができるなんて最高だよ。食費は僕が出すし、運んだり洗いものだったり、なんでもやるよ」  これからよろしくお願いしますの意味を込めて、一志さんの体を離してから頭を下げる。一志さんも「こちらこそよろしく」とどこか照れくさげに頭を下げると、お椀を手に持った。それにならうように僕もお椀を手に持ち、二人でダイニングテーブルへと運ぶ。誰かにとって当たり前の日常かもしれないけれど、僕にはかけがえのない特別な時間を噛み締めた。  一志さんと一緒に登校すると、たいてい教室に一番乗りだ。静かな教室で本を読むのははかどる。誰の視線も感じることなく、好きなことができるこの時間は有意義だ。早起きは三文の徳というけれど、三文どころか、一億ぐらい徳をしている気がする。  次に登校してくるのは、三千留と七緒だ。旺二郎が来るまで、一志さんについて二人に話すのが僕の日課になりつつあった。旺二郎が来てからだとこの話はどうにもできない。 「毎朝一緒に、夜もできるかぎり一緒にってプロポーズだと思ったよ。うっかり朝から押し倒すところだった、一志さんって本当油断も隙もない」 「油断も隙もないのはいっくんのほうじゃない? 押し倒したらおうちゃんに殺されそう、なんたっておうちゃんはカズちゃんガチ勢だからね」  僕だってガチ勢だけどねと頬杖をつくと、三千留は「ほう」となにやら感心したように呟く。 「一志を愛でる事で課される税があるとは知らなかった。勉強になったぞ」 「ガチ勢ならぬ一志さんガチ税か。そんな税金が存在したら僕一文無しになるかも」 「カズちゃんのことになるとツッコミ不在になるのつらいわー、ちるちる、ガチ勢っていうのはね、所得税とか、そういった類の言葉じゃないからね」  なんでも知っているようで、三千留は妙なところで天然だ。いや、世間知らずなのかもしれない。最初から白金家の子として生まれた三千留は生粋のお坊っちゃんだ。世間の常識は三千留にとっては新鮮なことだったりして、新しいことを知るたびに三千留は「勉強になった」「面白い」と素直に吸収する。三千留のそういうところは見ていて気持ちがいい。 「七緒は四信さんガチ勢でしょ」 「いきなり俺に話ふっちゃう? ちゃんしーパイセンガチ勢ですがなにか!」  七緒だけに限らず、百花が誇るバスケ部部長・上野四信(うえのしのぶ)のガチ勢はわりといるだろう。サワヤカなルックス、底抜けに明るい性格、コミュニュケーション能力の高さ。一志さん同様、自分のメリットデメリットを気にせずに目の前の人間をまるごと救うヒーローのような男。完全なる光属性。あまりにも光属性だから、無理だ苦手だと言う人も一定数いる。旺二郎もその一人だ。面白いくらいに四信さんが苦手で、なるべく目を合わさないように大きな背中を丸めている。 「旺二郎と四信さんって仲良くなれると思う?」 「あー、おうちゃんってちゃんしーパイセンのことマジ苦手だよね」 「上野は誰に対してもだがフルスロットルすぎる。あれでは旺二郎の心の扉は開かないだろうな」  旺二郎の心の扉、か。一志さんと恋人になるためには、僕も旺二郎の心の扉をこじ開けなければいけない気がする。今は友だちだから、旺二郎は扉を開いてくれているけれど、一志さんへの好意がバレたらどうなるのだろうか。旺二郎を攻略するのは大分面倒くさそうだ。 「俺はおうちゃんとちゃんしーパイセン、仲良くなってほしいな。俺、二人のこと好きだし! 好きな人同士は仲良くしてほしいっていうか」 「旺二郎への好きと上野への好き、違う好きに聞こえたのは俺様だけか?」 「僕にも聞こえたなぁ。旺二郎はライク、四信さんはラブ。それなのに当の四信さんに対しては気づかれないようにライクのふりをする七緒、可愛いよね」  三千留と顔を見合わせてにやにやすると、七緒は僕たちの肩をぺしっと叩く。「おうちゃんおはよー」さっきまでの話はもう終わりだとばかりにスイッチを切り替える七緒。いまだに眠たげな旺二郎がのそのそと僕たちのほうへと歩いてくる姿は、完全に僕たちに気を許してくれている。一志さんのことが好きだと旺二郎に告げたらどんな反応をするのだろう。まったく想像ができないと思いながら「旺二郎おはよう」と笑顔を浮かべた。

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