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05
王様は本当に頼りになる。そのかわり敵に回したらどうなるのか、想像もしたくない。
美味しい夕飯を食べ終え、一志さんと一緒に洗い物をした後、三千留にラインをした。「本当の母が眠っている場所を知りたい」と。ものの五分、三千留から詳細な場所が送られてきた。たった五分で調べがつくとは思えない。三千留は知っていたけれど、僕から聞かれるまで答えなかったのだろう。なんでも知っているが、聞かれるまで答えない。そういう男なのだ、三千留は。
ありがとうとメッセージを送ろうとして、やめる。文字では味気ない。ソファーに座り、三千留に電話をかける。「俺様にひれ伏したくなったか?」これを演技ではなく、天然でやっているから笑ってしまう。思わず小さく噴き出し「キャー三千留様素敵」と棒読みで言った。電話越しの三千留もふっと笑った。
「ありがとう三千留。本当は知っていたんでしょ」
「さあな――十三年ぶりか? しっかり話して来い」
「うん。三千留のことも話すよ」
「三千留のことも、か。俺様は一志のついでか」
「バレたか」
「五喜が一志に夢中だということはわかる。きっとお前の父が、お前の母に夢中だったように」
思わず言葉が詰まった。どう返せばいいのかわからないでいると、そっと手を握られた。はっとしてとなりを見ると一志さんが座っていた。僕があんまりひどい顔をしているから、心配してくれたのかもしれない。どこまで優しいんだ、この人は。
一志さんの手を握り返すと、心が凪いでいくのがわかる。「……三千留にはわかるの? 父さんの気持ちが」少し声が震えてしまった。それでも、言葉に出来た。
「お前の母が眠っている場所、それが答えだと思わないか?」
本当の母が眠っている場所、それは広尾家からもっとも近い霊園。三千留からのメッセージを見て驚いた。あんな近い場所に母がいたことを、僕はなにも知らなかった。
「愛する女を近くに置き、存在を感じていたかったのだろう。本妻だって知らぬはずがないのに、あまりに愚かで浅はか、実に人間くさい男だな、お前の父は――お前の父は運命の女に出会うのが遅すぎた。それがお前と本妻を苦しめている。その点五喜は幸福だ、真っ先に運命の男に出会えた。しかし一志にとってお前が運命の男になるかは五喜次第だ、せいぜい励めよ」
僕にとって一志さんが運命の人でも、一志さんにとってはそうとはかぎらない。どこまでも胸に刺さる言葉だ。
「肝に銘じます王様」
強く一志さんの手を握りしめると、一志さんは首を傾げる。だから、その仕草可愛いって何度言ったらわかるの。三千留と電話をしていることを忘れて、一志さんのやわらかい唇を啄ばんだ。ちゅっとリップ音が電話越しに聞こえたのだろう「……お前、一志とのキスを俺様に聞かせるとは破廉恥がすぎるぞ。俺様に対する新手のセクハラか」どこまでも大真面目に三千留が言うから、思いきり噴き出していた。そのあと一志さんには肩パンされ、三千留にはくどくど説教をされたけど、それでも僕にとって幸福な夜になった。
母の墓は、驚くほど綺麗だった。定期的に誰かが掃除をし、花を枯らさずに管理していることがわかる。広尾家の使用人がしているのか、それとも――真実はわからない。それでも、母が美しい場所で眠っていることが僕には嬉しかった。
一志さんと一緒に白いカーネーションを供え、手を合わせる。だけど、まだ目は閉じられなかった。
困ったなぁ。母さんに話したいことがいっぱいあるのに、なにから話したらいいのかわからない。
ちらりととなりにいる一志さんの横顔を眺める。目を瞑るとまつげがびっしりと長い。好みの差はあれど、一志さんを見て美しいとみな一度は思うだろう。弟の旺二郎は男としての魅力があるが、一志さんは同性から見ても妙な気を起こしたくなる色気がある。その色気のせいで、おかげで、僕たちは出会えた。
一志さんが目を開ける。「……俺の顔はいつでも見られるだろ。お母さんとちゃんと話せ」視線は母の墓に向けたまま、一志さんはそう言うと、また目を閉じた。一志さんの顔はいつでも見られる、その言葉が誰ほど僕にとって嬉しいことか、一志さんは知っているのだろうか。いつでも、一志さんの顔を見に行っちゃうからね。僕遠慮しないよ。知っているでしょ。心の中で誓い、ようやく目を閉じられた。
母さん、久しぶり。今まで来られなくてごめん、勇気がなかったんだ。母さんの死とちゃんと向き合える自信がなかった。でも、ようやく踏み出せた。親友の三千留と、大好きな一志さんのおかげ。
母さんが亡くなって、必死に広尾家として生きていこうとあがいていた僕に待ったをかけてくれた人、それが三千留だ。偽りの仮面を剥いでくれた三千留はかけがえのない友で、僕の王様。いつか連れて来ようと思う。
今日連れて来たのは、僕の愛する人、一志さん。まぁ、まだ片思いなんだけどね。今度連れて来る時には恋人になっているかもしれないし、なっていないかもしれない。僕にとって一生一緒にいたい特別な人。一志さんのこと母さんにたくさん話そうと思ったけど、やっぱり秘密にしておくよ。一志さんと二人だけの思い出にしたい。そういうの母さんにもあるでしょ。それじゃあ、また会いに来るね。
ゆっくり目を開けると、さぁっと優しい風が頬を撫でる。「五喜のお母さんが歓迎してくれているみたいだな」一志さんは穏やかに微笑み、僕の肩を叩いた。
「母さんが一志さんを早くものにしなさいって言ってるのかもね」
「それだけはない」
「母さんは僕の恋愛を応援してくれると思うよ」
「五年待ちなさいって言うと思うぞ」
「五年じゃなくて四年だよ。いや、四年でもないけどね」
五年も四年も待てない。何度だって言ってやる。
ずいっと一志さんに顔を近づけても、一志さんはどこか余裕だ。人の目をなにより気にする僕が外で、そのうえ母の前で、キスをするわけがない。きっと一志さんはそう思っている。その余裕をぶち壊したくなるのは男の性だ。
「どうせキスしないでしょって思ってるよね」
「外ではそういうことしないだろ」
「でも、一志さんはいつも言ってくれるよね。ただの五喜になっていいって」
ぐいぐい顔を寄せると、鼻先が触れ合い、どこまでも余裕の表情を浮かべていた一志さんが眉を下げる。可愛いなぁもう! 世界の中心で叫びたくなる自分をどうにか抑え、一志さんと手を繋いだ。キスをされると思っていたのか、拍子抜けとばかりに目を丸める一志さんが可愛くてうっかりキスするところだった。
「手はセーフだと思うよ。キスは家まで我慢する」
「……ギリギリアウトじゃないか、年齢的に」
口ではそう言いながらも、一志さんは僕の手を振り払ったりしない。優しい人だ。だから僕みたいな男に捕まってしまうんだ、かわいそうに。一志さんが嫌だと泣き叫んでも離してあげるつもりはない。
「僕がセーフって言うんだから、セーフだよ。ね、母さん」
しっかり一志さんの手を握りしめ、母の墓を見つめる。また優しい風が吹く。母が優しく微笑んでくれた気がして、うっかり涙がでそうになった。それを誤魔化すために歩き出す。一志さんはただ穏やかに目を細め、僕の手を握り返してくれる。
「五喜、夕飯はなにがいい?」
「一志さんが食べたいな」
「馬鹿なこと言っていると夕飯抜きだぞ」
「肉じゃがが食べたい」
即答する僕に一志さんは小さく噴き出す。その横顔があまりに可愛いから、家に着いて扉を閉めた瞬間、キスをしようと決めた。
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