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「……中間テストの話題は教師でも上がったんだが、五喜は全教科二位だと聞いた。他の教師はあの白金がいるからと納得しているが、俺はどうしても納得出来ない。五喜はどうして二位に固執する?」  他の教師を騙せても、一志さんはどうしたって騙せない。それ以上に、全教科二位であることを納得できないと一志さんが言ってくれることが嬉しくて困る。  唇を覆っている一志さんの手にちゅうっと軽く吸いついてから、一志さんの体を抱き寄せる。一志さんはなにを言うでもなく、黙ってそれを受け入れてくれる。僕の言葉を待っているように見えた。 「三千留に敵わない教科ももちろんあるけど、一志さんの担当教科古典は勝つ自信あるなぁ。僕が二位に固執する理由はね、育ての母がこう言ったからなんだ。清道を越えてはなりません、しかし広尾家の子として優秀でありなさい。二番であり続けるのです――僕にとって呪いみたいにこびりついて離れない。家の中だけの話のはずなのに、僕は外でもそうするようになってしまった。一位は僕のものじゃない、誰かのものなんだって、思ってしまう。僕が一位になっていいはずがない」  一位に相応しいのは兄であったり、三千留のような人だ。人の上に立つ選ばれし者たち。僕は選ばれし者ではない、選ばれなかった側。本当は二番だって烏滸がましいのかもしれない。  一志さんは僕の言葉を聞くと、細い腕を僕の背中に回す。一志さんにそうされると、心ごと抱きしめられている気分になり、無条件で泣きそうになる。 「そんなことはない、五喜は一位にだって、なんにだってなれる。なんにだってなっていいんだ」  だけど、でも、だって。否定の言葉が口から出そうになるのを、一志さんが遮ってくれる。ゆっくり僕の背中を撫でてくれる手に安心して深呼吸できる。  母の呪いを、一志さんが上書きしていく。僕は一志さんに何度も救われている。なにを一志さんに返せるのだろうか。この人は僕になにかを返してほしくてやっているわけではないけれど、それでも僕は一志さんに返したい。本気を出す、それが唯一出来ることだ。 「つまり、僕が一位になったら、一志さんの唇をこじ開けて舌を吸って熱い口内を犯していいってことだよね? わかった、本気出すよ」  一志さんの顔をしっかりと見つめ、にっこりと笑ってみせる。そこまでしていいとは言っていないと一志さんはみるみるうちに頬、耳まで赤く染めていく。  はぁ、可愛い。今すぐ一志さんのすべてを暴きたい。細い肩を掴んで、ソファーに押し倒すことだって、できる。強引に暴くのは簡単だ。だけど、一志さんは僕を信頼していると、はっきり目を見て言ってくれた。必死に理性を奮い立たせることが、信頼の証だ。 「……そ、そこまでしていいとは、言っていない」 「一志さんは僕の本気に、真剣さに、応えてくれるんでしょ? ただの触れ合うだけのキスが、僕の本気に見合うと思う? 一志さんの本気見せてよ」  一志さんのやわらかい唇を親指で触れる。いやらしいなぁ、唇を押すだけで、僕を誘うように微かに開く。きっと無意識だ。赤い舌がチラチラと覗いていることにも、きっと一志さんは気づいていない。気づいているとしたら、なんて魔性なんだ。 「わかった。俺も男だ。五喜の本気には、本気で返す。体育祭楽しみにしているからな」  一志さんは照れや恥じらいをひそめ、すっかり覚悟を決めた表情になる。「僕の本気見たら、一志さん惚れ直しちゃうと思うよ」「そもそも惚れていないぞ」「またまた」いつもの冗談を言い合い、一志さんの膝に頭を乗せて目を瞑ると、木場潤のことを思い出して、ムカムカしてきた。素早く目を開けると、一志さんと目が合う。「どうした五喜」一志さんは不思議そうに首を傾げる。その仕草に僕が弱いってこと知っているくせに、無意識にやっちゃう一志さんは本物の魔性かもしれない。 「ねぇ、一志さん、僕も木場潤の車に乗るっていうのはどうかな」 「どうかな、じゃないだろ。駄目に決まってるだろ」 「どうして」 「木場先生が特定の生徒を特別扱いしたと保護者からクレームが来るかもしれないだろ」  どこまでも一志さんらしい返答。自分のことより、木場潤を心配している。一志さんのそういうくそ真面目なところが、たまらなく好きだから、なにも言えない。 「一志さんの真面目なところ好きだよ、キスしていい?」 「本気を出すまでキスはお預けだ。五喜ならできるだろ?」  え、今のは僕の聞き間違い?  再び一志さんのソファーから飛び起きる。こういう時は冷静になるべきだ。深呼吸を繰り返し、にっこり笑みを浮かべた。「今のは僕の聞き間違いかな。そうだよね。ねぇ一志さん、キスしてもいい?」もう一度はっきり一志さんの目を見て言う。それでも一志さんは首を縦に振らない。 「聞こえなかったのなら何度でも言ってやる――駄目だ。体育祭まで五喜とキスはしない。五喜の本気を俺に見せてくれ」  ガーンという効果音は、なんと馬鹿らしくてコメディタッチなのだろうとついさっきまで思っていた。だけど、あまりにショッキングな出来事が起きると、ガーンが頭の中を駆け巡るということを、今日知った。  そのあと一志さんの膝枕を堪能することなく、ふらふらととなりの部屋に帰ったのは言うまでもない。

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