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王子様になりたい

 人の感情はわかりやすい。特に好意や悪意といったものは、どれほどひた隠しにしようとふとした瞬間、漏れてしまう。だから、僕は僕を好きな人たちを今までたくさん利用してきた。僕への好意はできうるかぎり利用し、敵意を向けてくる人、嫌悪感を感じる人は相手にしない。もしくは関わらない。そうやって生きると、人生はなにかと上手くいく、と思っていた。  たった一代で七緒の父親が築き上げた本郷リゾート。会社を築くにあたって、誰よりも助けてくれたのが三千留の父親だったらしい。三千留や七緒の誕生日は、毎年本郷リゾートが手がける高級ホテルで行われている。  本日の主役である七緒は、淡いブラウンのスーツを着て、大人たちに囲まれても堂々と笑顔を浮かべていた。「七緒」控えめに、品良く、七緒に向かって声を上げる。僕の声に気づいた七緒は、僕にだけわかるように頬を緩めて「今日は楽しんでいってください」と頭を下げてから僕のほうへ足を進めた。 「いっくん来てくれてよかったー! いやー、マジで疲れるよね、営業スマーイル」 「七緒は営業スマイル誰よりも得意でしょ――誕生日おめでとう。十六を迎えた気分はどう?」 「あざまる! これといって感想はなし! いっくんだって、十六になったからといって変わったわけじゃないでしょ」 「いや、僕は変わったよ。それはもう明確に」  一志さんは僕が成人しても同じ気持ちなら告白してくれと言った。だから、十五と十六では大違いだ。とは言えど、僕は五年も、四年だって待つ気はない。どうにか一志さんのくそ真面目さを攻略しなければいけないけど、やっぱり手強い。  体育祭で本気を出したあの日から、深いキスを交わすようになった。最初のうちはまだ戸惑いや恥じらいがあったのか、なかなか素直には唇を開いてくれなかったから、わりと強引に割り開いていた。今は舌でノックすると目尻を赤く染めながらも、ゆるゆる開いてくれるようになった。色気の塊である一志さんに恥じらいがくわわると、控えめに言って最高だ。可愛いの宝石箱。  一志さんをどうにかしたい欲求をぐっと堪え、家に帰って一人で抜くという悲しい作業をしていることはさておき、毎日一志さんが可愛い。一日も早く大人になりたい。白金財閥で僕だけ今すぐ二十歳になる道具作ってくれないかな。 「まーたカズちゃんのこと考えてるっしょ」 「顔にでてた?」 「いやまったくでてないけどわかるよ」 「さすが七緒。ねぇ、七緒は四信さんに告白したりはしないの?」  四信さんの名前を出すと、七緒はかすかに眉を上げる。それでもすぐにいつもどおり笑顔を浮かべてしまう。さすが七緒だ。 「しないよ。だって俺、ずっと今の関係でいたいもん。それよりこの間ちゃんしーパイセンたちと合コン行ったでしょ? あの日からおうちゃんとちゃんしーパイセン、すっごく仲良くなった気がするんだよね」 「歩六さんが無理やり旺二郎を誘ったあの合コンね」  渋谷歩六(しぶやあゆむ)、バスケ部のエース。といえば聞こえがいいが、バスケ部一の問題児。頭の中はバスケとセックスでいっぱいなのだろう、とにかく女好きだ。試合を観に来た女性の中で好みのタイプを見つけたら、つき合っている人がいようと構わずに抱く。その上喧嘩っ早く、すぐに手が出る。もめごとになることも多く、それを必死になだめるのは部長である四信さんの役目。  自分が楽しければいい、自分の欲求のために生きている歩六さんが、僕は正直言って嫌いだ。いつだって周りの人、四信さんたちに迷惑をかけている姿を見ると心底うんざりする。まぁ、嫌いな理由はそれだけではないけれど、とにかく、歩六さんのことはなるべく視界に入れないように、関わらないようにしている。 「いっくんはあゆさん嫌いだねー」 「まぁね。あの人は良くも悪くも目立つでしょ。強烈に好かれるか、その逆」 「それなー、ちゃんしーパイセンがいっつもうまーくやってるもんね。合コンの時もそうだった、あゆさんがおうちゃんに絡まれて困った時、ちゃんしーパイセンがさりげなーく助けるんだよね。マジすごいよね、ちゃんしーパイセンって」  僕がまた一志さんのことを考えていると言われるならば、七緒もまた四信さんのことを考えていると言われてもしょうがない。四信さんへの好意がだだ漏れ。  だけど、七緒は僕とは考えがまるで違う。僕は一志さんの恋人になりたい、一生となりにいたい。僕だけのものでいてほしい。七緒はきっとそうは思っていないのだ。四信さんのことは好きで、恋い焦がれているけれど、恋人になれるわけがない、四信さんのとなりに相応しくないと、躊躇ってしまっている。七緒にとって四信さんは唯一無二のヒーローだから。そうしているうちに、きっと四信さんは誰かのものになってしまうのに。 「そういえば三千留はまだ来てないの?」 「ちるちるは私利私欲にまみれた大人たちに囲まれた結果疲れて休んでる。いやー、あれはすごかった、アイドルに群がるおっさん並の圧を感じたよ」  おっさんたちに囲まれてうんざり顔を歪める三千留が目に浮かんで、申し訳ないけど笑ってしまった。  七緒はそうなることを予想して、必ず僕と三千留の分のスイートルームを確保してくれるのだ。 「なるほど。白金財閥と繋がりたい人は多いもんね――もちろん僕の部屋もとってあるよね?」 「もちろん、広尾様のお部屋もとってありまーす」  七緒はスーツの内ポケットからルームカードを取り出す。「いつもありがとう七緒。その気遣いコンシェルジュ級だよ」いつもの冗談を言い、ルームキーを受け取った。 「一志さんも外でご飯食べてくるって行ってたからこのまま泊まろうかな」 「カズちゃん外食珍しいね」 「保護者から子どものことで悩んでるって相談されて、断りきれなかったらしいよ。一志さんらしいよね」 「カズちゃんマジ優しーよね、保護者人気も高そう。木場潤ならぜったいご飯誘われないじゃん?」 「それは言えてる」  言葉遣いはいつも通り、だけど表面上は広尾家の次男坊と本郷家の長男であることを忘れず、二人して営業スマイルを浮かべる。最初のうちはいいけれど、時間とともに疲労していく。それでもこの場から逃げてしまえば、七緒が馬鹿みたいに囲まれるはめになる。三千留だって逃げたくて逃げたわけではない、限界になって一時退散したにすぎない。いつもふらりと帰ってくる。  しょうがない、三千留が復活するまで僕が七緒を守ってやるとしよう。七緒は僕たちの大事な親友で、幼なじみだからね。

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