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「五喜、来てたのか。祝え、俺様は復活したぞ」  一際目立つ白いスーツを身に纏い、三千留は僕たちの元へと歩み寄る。大人たちに囲まれないように、ちょっと早足。そんなの笑うに決まってるよね、ずるい。  必死に笑い声を堪え、かわりに咳き込む。深呼吸をしてから、営業スマイルを張りつけた。 「三日かからずに復活を遂げるとはさすが僕たちの王様。今日という日を三千留の復活を祝う祭日にしようか。七緒の誕生日と丸かぶりだね」 「それは困ったな、七緒の誕生日が霞む」 「はーちるちるドイヒーだわー」  ひどいと言いながら七緒は楽しそうに笑い、三千留の肩に手を置いた。三千留もどこまでも嬉しげに口角を上げ、ノンアルコールカクテルを口にする。  ここに旺二郎もいたら完璧だったけれど「えらい人たくさん来るんでしょ? 俺そういうのほんとむりだから。ごめんね」と学校で七緒にプレゼントをあげていた。七緒の瞳と同じ色をした湯のみ。旺二郎が作ったというから驚きだ。なにもできないと口では言うけれど、旺二郎は陶芸や絵といった芸術家としての才能がある。一志さんも嬉しそうに絵の才能があると言っていた。きっと旺二郎本人にも言っているはずなのに、旺二郎は頑なに自分を肯定しない。いつか肯定できるようになったあかつきには、どういったきっかけでそうなったのか、聞いてみたい。 「おい五喜、お前はもう部屋に引っ込んでいいぞ。俺様が許す」 「僕まだ疲れてないんだけど」 「いやいやいやー、いっくん、ちょー疲れた顔してるから! くたびれたリーマンみたい。カズちゃんいないとすーぐしわしわになっちゃうんだからもー! つーわけであとはちるちると話してるからさ、部屋行きなよ。いっくん、守ってくれてありがとね」  こんな美少年を捕まえてくたびれたサラリーマンとは失礼だね。七緒に向かってそう笑おうとして、あまり上手に笑えていなかった。  確かに今日は一志さん補給が足りていないせいで、どうにも表情が硬い。ここは七緒の好意に甘えるか。  守ってくれてありがとう、そう言いながらも僕を守っているのは七緒のほうだ――なんて、恥ずかしいから言ってやらないけれど。 「七緒のお言葉に甘えて、あとは三千留に任せるよ」 「ああ、存分に休め。この際だからこのホテルに一志を呼んだらどうだ」 「それはいい考えだ。一志さんに電話してみるよ――ねぇ、七緒」 「ん? なぁに、いっくん」  七緒は緑の瞳を丸め、僕のことをじっと見る。  他人のことばかり考えて、自分のことは後回し。それは一志さんや四信さんだけじゃなくて、七緒もだ。 いつになったらこの空気を読みすぎる親友は、自分を優先するのだろうか。 「少しは自分のことを優先したっていいんじゃない?」  緑の瞳が一瞬大きく開いて、すぐに和らいだ。ああ、この瞳、また空気を読んだ発言をされてしまう。そう確信した。 「いっくん知らないの? 残り物には福があるってことわざを。自分のことなんて後回しでいいんだよ、最後に一番おいしーとこ持ってくから!」  ほら、また空気を読んでいる。僕では七緒を変えられない。七緒を変えることができるのは、もっと強引に、心の中にズカズカと踏み込むことが出来て、察しのいい人。そんな人、どこにだっていない。  思わず三千留と目が合うと、三千留は穏やかに微笑む。俺様に任せろって顔だ。わかった、この件は任せたよ、僕たちの王様。 「七緒が僕より美味しいところを持っていけるとは思えないけどね、楽しみにしておくよ」  ぽんっと七緒の肩を叩いて、会場を後にした。  ねぇ一志さん、今どこにいる? スイートルームとってあるからおいで。なんて言おうものなら、即座に通話終了されそうだ。  最上階へ向かうエレベーターの中で、鞄からスマホを取り出しスマホの液晶を見つめる。なんと言えば、一志さんは来てくれるのだろうか。この際来てくれなくてもいい、一志さんの声が聞きたい。欲を言えばもちろん来てほしいけれど「スイートルーム? そんなところには泊まれない。ましてや本郷のお父さんが払ってくれているんだろ、保護者に宿泊代を払わせることは出来ない」とくそ真面目に言われるだろう。  しょうがない、駄目元でかけるか。エレベーターから降り、スマホを耳に当てる。もう家に帰っているだろうかと廊下を歩いていると、どこからか着信音が聞こえる。まさか一志さんがここにいるわけがない。スーパーで安売りを喜んで買うような人がスイートルームに泊まるわけがない。誰かのスマホが鳴っているだけ。頭でわかっていながらも、音を頼りに廊下を走る。  少し、ほんの少しだけ、嫌な予感がした。「あまり保護者とご飯を食べに行くのはいいとは思えないんだが、どうしてもと言われてな」保護者はきっと男性だ。女性なら、一志さんはなにがあってもご飯には行かなかっただろう。男性だから一志さんはきっと油断する。あの人は自分の魅力になんにも気づいていないのだ。 「そういうのは、ほんとに、困ります……ッ!」  大きくなる着信音。聞き間違えるはずがない愛する一志さんの声。電話を切ると、スマホを強く握りしめて必死に走った。体育祭の時より本気で走ってるよ、僕、こんなに走れるんだな! 陸上部エースになれそうだ! 本気で走りすぎてテンションまでおかしくなっている。 「やめて、ほんとにやめてください……ッや、だ……い、つき、……ッ!」  廊下を曲がった先、視界に飛び込んで来たのは、小綺麗な男が一志さんの体をべたべたといやらしく撫で回している悪夢に近い光景。一志さんは今にも泣きそうな表情で男の胸元を押し退けて離れようとしていた。  あ、やばい。プツンと頭の中でなにかが切れた。嫌悪感を感じる人には関わらない、そう決めていたけれど、これは、これだけはどうしたって許せない。  まるで嫌悪しか抱かない光景。はらわたが煮えくり返りそう、いや、煮えくり返っている。それでも、一志さんがピンチな時に僕の名前を呼んでくれたのは唯一の救いだ。

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