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「俺のために、我慢してくれているんだろ。俺が五年待てと言ったあの日からちゃんと我慢……まあキスとかはしてくるけど、それでも最終的には俺が許していないことはしない。だから、五喜の手は気持ちいいんだな。俺のことを思って、触ってくれているのがわかる。ありがとう、五喜」  一志さんは僕の両頬を挟むように包み込んで、どこまでも優しいキスをくれた。今日は僕がひたすら一志さんを甘やかして、可愛がる日だったはずなのに、いつのまにか僕が甘やかされて、すっかり満たされている。 「一志さんがよしって言ってくれたらいつでも待てをやめるんだけど。もう待てない、五喜に抱かれたいってその口から早く聞きたいなぁ」 「なにがあっても抱かれたいなんて言わないからな」 「恥ずかしいから言えないでしょ、可愛いなぁ」  もし、一志さんにそんなこと言われたら、一日中離さないで抱くけどね。  耳元で囁いて、ふぅーっと息を吹きかける。そうされると一志さんは弱いと知っているから、わざと。案の定まつげをはたはたと震わせた一志さんは、弱々しい手で僕の胸を小突く。子猫がじゃれついてきたようだと、一志さんの手を受け止めてキスを落とした。  じくじくと燻っている欲は引きそうにないが、このまま一志さんをただ抱きしめていたいとも思う。それだけであまりに幸福だから。チラリと一志さんの顔を見つめると、僕の胸にすり寄ってくる。反則的な可愛さな一志さんの髪を優しく撫で梳くと「……撫でられると、眠たくなるからやめろ」と唇を尖らせた。かっわいい。まだ寝たくないと駄々をこねるのは反則でしょ。 「今日は疲れたでしょ、もう寝たほうがいいよ。そのまま寝るとスーツがしわになっちゃうから、バスローブに着替えたらいいよ」 「……まだ、五喜は気持ちよくなってないだろ、俺のせいで勃ったんだから、俺がなんとかする」 「あー、もう、そんな可愛いこと言わないで、僕はリビングルームで着替えてくるから、一志さんはここで着替えて」  ベッドから降りると、クローゼットの中に入っているバスローブを二つ取り出して、一つを一志さんに手渡す。どこまでも不満げな一志さんの唇を啄ばんで解し、頭をぽんぽんと撫でる。 「今日は一志さんを気持ちよくする日だから、また別の日に僕のことを気持ちよくしてくれる? もちろん、挿入はしないよ。そうだなぁ、一志さんのえっちな太腿に挟むのはセーフ?」  満面の笑みでそう言ってみせた。どうせ無理だと断られることがわかりきっているからこその冗談。  それなのに一志さんはほんの少し黙って、こくりと頷いた。今の頷きはなんの頷きなの。僕のこと気持ちよくしてあげるという頷き? それとも素股はセーフ? 思わずごくりと喉が鳴っていた。 「セーフか、アウトで言ったら、まったくセーフじゃないが、それでも俺は五喜にも気持ちよくなってほしい。今日のお礼とか、ご褒美じゃなくて、ただの神谷一志として、ただの広尾五喜と気持ちよくなりたい」  うっっ、完全に心臓を鷲掴みされた。今ベッドの上にいたら確実に一志さんを押し倒して、細い足を割り開いていたところだった。本当に、危なかった。  バスローブをぎゅっと握りしめ俯きながら言う一志さんがあまりに可愛く、可憐。年上の男性に使うべき言葉じゃないかもしれないけど、一志さんを超える可憐さを僕は知らない。いつもは色気爆発しているくせに、今日は色気に可憐さまでプラスされている。もういろいろ、主に下半身が限界だとバスローブで体を隠し必死に平常心を装う。 「今のは、一志さんが僕のことが好きで好きでたまらないって意味にとれるんだけど」  いつもの軽口でも言わないと理性を保っていられなかった。引きつりそうになる口端を必死に上げて、一志さんを見つめる。言ってから少しだけ後悔した。一志さんはいつだって真摯に向き合ってくれる、僕を喜ばす言葉を無意識に言ってしまうのだ。 「……俺という存在が五喜の未来に相応しいとは思えない、だから、今はやっぱりなにも言えないし、言ってはいけないと思う。成人して、それでもまだ俺が好きだと言ってくれるなら」  ああ、もう、それってほとんど僕のことは好きだと言っているようなものだって、わかっているのかな。わかっていないんだろうなぁ、きっと。本当に魔性だ。  だけど、あと一手が足りない。一志さんが僕と同じ熱量で僕を好きならば、未来だなんだと言わないはずだ。僕は今の一志さんも、未来の一志さんも、ぜんぶほしいのだとことを、これから毎日囁こう。 「僕は一志さんの今も未来もほしい。だから、成人なんて待ってられないよ。これから毎日僕のものになる気になった? って聞くことにするから、覚悟しといてね」  一志さんの顔が真っ赤に染まり、やわらかい唇を開いたり閉じたりを繰り返す。かすかに開いた唇から覗く赤い舌があまりに色っぽい。  これ以上見ていたら下半身がどうにかなりそうだから、ひくひくと引きつる口元を見せないようにべッドルームを後にしてバスルームへと駆け込んだ。  今日のおかずは充実している、むしろしすぎているとドクドク脈打つモノを見つめる。それにしてもよくもここまでそそり立つなぁと自分に感心しながら、トイレに腰を下ろしてスマホを取り出す。ソロプレイする前にメッセージがないか確認する。三千留と七緒、二人から届いていることを確認して、まずは七緒のメッセージを開く。 「セクハラ親父は回収しといたよ、出禁にしといたから安心してね」  なんで一志さんがセクハラされたってことバレてるのかなと驚く。「色々あって人を殴っちゃった。廊下で気絶してるから迷惑かけるかも、ごめんね」と大分端折った内容のメッセージを送ったのに。僕が殴るイコール一志さんが嫌な目に遭ったと推測したのかもしれないけれど、さすが七緒としか言えない。「ありがとう」と短く返信を打ち、今度は三千留からのメッセージを読む。 「そいつなら理事会を辞めさせた。一志に近づけないように監視下に置くから安心しろ」  三千留には「一志さんに乱暴しようとした男がいる」と教えたけど、さすが白金財閥の御曹司。理事会を辞めさせるのは簡単なことじゃないはずだ。それを一日かからずにやってのけてしまう。相変わらず敵に回すと怖いなぁと感心する。持つべきものは三千留と七緒だなと少し安堵して、三千留にも「ありがとう」と返信を打った。     「……眠れる森の美女か、白雪姫か、どっちだろうな」  シャワーを浴び、ベッドルームの前に立つ。もうさすがに着替え終わっているだろうと思いながら、万が一着替え中だったらまたソロ活動に励まなければいけない。おそるおそる室内を覗き込むと、バスローブをしっかり着てすやすやとベッドで眠っている一志さんがそこにはいた。  頬にかかっている前髪を撫でて耳にかける。いつもより幼く感じる一志さんの寝顔を見ているだけで、また勃ち上がりかけるモノを抑えようと素数を数え、深呼吸――あ、寝顔、撮りたい。  SNSに写真を載せるのは七緒担当だ。だから、カメラアプリなんていうものはスマホには入っていない。「このアプリは音なしにできるんだよ!」と七緒が得意げに言ってけれど「ふぅん」とスルーした自分が憎い。明日、そのアプリを教えてもらおうと心に誓い、スマホに最初から入っているカメラを起動した。  うっっわ、可愛い。改めてカメラ越しに見ても可愛い。女性よりもまつげが長いかもしれない。唇だって、うんとやわらかい。頬はほんのりと赤く色づいている。ついつい見惚れてしまったと首をふり、起きませんようにと祈りながらシャッターを切る。まつげがかすかに動いたけれど、起きる気配はないことを確認して、一枚、二枚と気がついたら馬鹿みたいに撮っていた。  最高に可愛いなぁ、待ち受けにしたい、だけど旺二郎に覗かれたら終わりだ。やめておこうと頷いて、ゆっくりベッドの中に潜り込むと、もそもそと寝ている一志さんが僕のほうへ寄ってくる。あー、もう、可愛いなぁと一志さんを抱き寄せて、ちゅっと軽く唇を啄む。やっぱり起きる気配はないけれど、くすぐったそうに僕の胸元へと顔を埋めてくる一志さんを見ていたら、満ち足りた気分になる。  欲を言えば目を覚ましてほしかったなぁ、なんて。そうしたら「やっぱり僕は一志さんの運命の王子様だね」なんて気障ったらしいことを囁けたのに。まだ僕は、一志さんの運命の王子様じゃないらしい。  寝ている一志さんを見つけたら毎回キスをしよう、ディープキスをしたらさすがに起きるかなぁ。悪戯心がむくむく湧きながら、疲れている一志さんを穏やかに眠らせてあげたい。髪を優しく撫で梳いて「おやすみ一志さん、夢の中でも愛を囁くよ」もう一度だけそっと口づける。うん、やっぱり起きないや。思わず小さく笑って、目を瞑る。今日はいろいろあったけど、幸せな夢が見れそうだ。

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