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「五喜はいつでも積極的だから信じられないな」 「一志さんに対してだけ積極的なんだよ。カラオケ行ってもタンバリン適当にしか叩かないし」 「適当なのに叩くのか」 「三千留が叩けってうるさいからね」  思わず二人で笑っていると、ドサッと廊下でなにか落ちる音がした。まぁいいかと気にしないでいると、一志さんは扉の窓のほうへと視線をやり、無邪気な笑顔を引っ込めて、すっかりお兄さん顔になっている。  どうしたの一志さんと口を開く前に教室の扉が開き、旺二郎が入って来た。ああ、なるほど、旺二郎がいたから、あの表情になったのか。それなら僕も一志さんにだけ見せる顔を引っ込め、いつものように微笑んだ。 「旺二郎おはよう。最近早起きだって聞いたぞ」 「兄貴おはよう。ばあちゃんから聞いたの? なんかはずかしいなぁ」 「いや、僕が神谷先生に話したんだよ。弟さん、最近頑張っていますって」  にっこり旺二郎に向かって笑顔を浮かべると、旺二郎はどこか悔しげに眉を寄せている。どうして嫉妬丸出しみたいな顔を僕に向けるんだろう。ブラコンだからなにかを察知した? まさか。あの鈍感旺二郎が。いや、でも、ブラコンだしな、大好きなお兄ちゃんがとられると勘が働いたのかもしれない。 「今日兄貴の家に行っていい?」  なにがどうしてそうなった。旺二郎の頭の中はどうなっているんだ。どんな連想ゲームで一志さんの家に行くことを決めたんだ。  さっぱり旺二郎がわからない。だからこそ面白くて好きなんだけどと笑っていると、一志さんは心底驚いたように「えっ」と声を上げる。一志さんの部屋には僕の歯ブラシや寝巻き、制服といった私物が置いてあるから、見られたら困ると慌てているのだろう。慌てている様子があまりに可愛いから、しばらく二人のやりとりを見ておこうかな。 「……その、部屋が、散らかってるんだ」  嘘が下手すぎる。可愛すぎでしょ。  旺二郎から目をそらして、しどろもどろに言う一志さんの姿に小さく噴き出してしまう。二人の視線が一気に僕に集まるから「すみません、続けてください」満面の笑みで一志さんを見ると、一志さんはなにを笑ってるんだとばかりに僕を睨んでくる。 「兄貴綺麗好きだよね。部屋が散らかってることなんて一度だってなかった」 「も、模様替えをしていて」  嘘下手なところまで可愛いってどういうことなの。どこまで僕を揺さぶれば気がすむの。 「兄貴、うそついてるでしょ――もしかして、彼女と同棲してるの」  そう来たか。その発想はなかった。  旺二郎にじっと見つめられている一志さんは驚いたように瞬きを繰り返し、僕はまた笑ってしまう。笑い声が気に障ったのか、旺二郎に無言で睨まれる。今日は神谷兄弟によく睨まれる日だなとまた笑った。 「ごめん、ちょっと堪えられなくて」  これも良い機会だし、そろそろ旺二郎に伝えてもいいよね。にっこり笑みを深めて一志さんを見つめる。 「僕の荷物が一志さんの部屋にあるから、旺二郎を呼べないんだよね」  旺二郎風に言うとすれば、意地悪い笑みを口元に浮かべると、一志さんはどうしてそれを言うんだと眉尻を下げて口を開けては閉じるを繰り返す。赤い舌がチラチラ覗いてえっちだなぁと眺めていると、次第に一志さんの頬が赤く染まり「おい五喜」と低い声で僕の名前を呼ぶ。それは、僕が冗談を言った時の冷めたトーン。 「一志さんは嘘が下手なんだからこれ以上誤魔化すのは無理でしょ。一志さんは彼女と同棲していないし、彼女はもちろんいないよ安心して。そのかわり、僕が一志さんの部屋に入り浸ってるけど」  旺二郎はぽかんと口を開ける。まるで僕の言葉が通じていないかのように。日本語で喋っているんだけど、旺二郎には外国語に聞こえたのかもしれない。 「どういうこと」 「僕は一志さんを愛しているんだけど、一志さんはなかなか振り向いてくれないんだよね。だから、部屋に入り浸って僕がいかに一志さんを愛しているか伝えている。ここまでわかる?」  弟の前でそんなことを言われると思っていなかったのか、一志さんの耳まで赤く染まる。弟の前だからしっかりしなければと思っているのかもしれないけれど、さっきから一志さんはころころ表情が変わっている。 「わ、わからない」  頭がパンク寸前の旺二郎は視線を僕から一志さんへと向ける。一志さんはなんて返すのだろうか。 「……五喜はマンションの隣人で、いろいろ助けてもらったお礼に朝食や夕飯をご馳走している。隠していたつもりはないんだが、誤魔化して悪い。五喜が入り浸っている部屋でよかったら、今晩は俺の家に来てくれるか」  どこまでも誠実に、真っ直ぐに、一志さんは言葉を綴り、旺二郎を見つめる。  僕に膝枕したり、僕にバックハグされたり、キスをしたり、もっとえっちなことをしているなんて、弟に言えるはずないよねと納得していると、旺二郎は一志さんの誘いにしっかり頷いた。  今日は三人で夕飯かぁ、イチャイチャタイムがちょっと減るのか。残念と肩を竦めると、一志さんは椅子から腰を上げる。これ以上この場にいて墓穴を掘ったらいけないと思ったのかもしれない、可愛いなぁ。 「ありがとう旺二郎。こずえさんには俺からラインしておく、じゃあまたあとで」  こずえさん――ああ、一志さんたちのおばあさんの名前だ。いつか会ってみたい。一志さんを僕にくださいって挨拶しに行きたい。  僕たちに手を振って一志さんが教室から出て行った瞬間、旺二郎から質問攻めにあったのは言うまでもない。

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