旺二郎は一志さんの弟とは思えないほど、面倒くさい男だ。ぐずぐず泣き出したかと思えば、すぐに立ち直ってぐううと盛大にお腹を鳴らしたりする。三千留や七緒といった『大人のような子ども』の友人しかいなかった僕にとって、旺二郎はものすごく新鮮で面白い。本人にとっては一大事だろうから、面白いなんて口には出さないけど。なにより、旺二郎本人は気がついていないだろうが、とことん青春を謳歌している。だからこそ、僕は旺二郎を応援したくなるのかもしれない。 「一志さん和食派だと思ったけど、ビーフシチューものすごく美味しかったよ」 「ビーフシチューは旺二郎の好物なんだ。いつもは和食だろうし、たまには旺二郎も洋食が食べたいだろうと思ってな」 「ちなみに僕は一志さんの手料理ならなんだって好きだよ、デザートに一志さんを食べられたら最高」 「確実に胃もたれするぞ」 「朝昼晩一志さんでも満腹になる気がしないけど」 「……わかった、わかったから、手を動かせ」 　 　恥ずかしそうに眉根を寄せる一志さんは、無言で洗い終えたお皿を僕に渡してくる。可愛いなぁとにこにこ笑い布巾で拭いて、備えつけの引き出しに食器を片付けていきながら、さっき聞いたばかりの旺二郎の可愛い青春の話を思い出す。 　今日、旺二郎は四信さんとランチをするために、屋上の温室へ向かった。でも旺二郎の目的はランチではなくて、四信さんを描くこと。薔薇と四信さんを描いていたはずなのに、四信さんと恋愛談義を繰り広げているうちに、四信さんの瞳から寂しさ、恐怖を感じ取り、居ても立っても居られずに抱きしめてついにはキスをしてしまった――どこを切り取っても青春の一ページ。それなのに、旺二郎といったら、四信さんへのキスを「痴漢行為」なんて言ってしまう。どこが痴漢なんだと思わず溜息を吐いてしまった。痴漢というのは、恐怖を与える存在。旺二郎は四信さんの恐怖を取り除こうと暴走しただけ。まるで正反対の行為だ。 　青春真っ只中の旺二郎に一志さんはひたすら優しく寄り添っていた。「言葉にしなくても伝わることはもちろんあるが、言葉にしないと伝わらないこともある」そう言った一志さんの声はとろけるほど甘かった。ブラコン兄弟め。 「旺二郎ってものすごく青春していると思わない？　四信さんにキスをして逃げちゃった、なんて青春の一ページすぎるよね」 「その点五喜は初対面でいきなりキスしてきた挙句に堂々と電話に出たな。青春感はまるでない」 　僕としてはいきなりキスをしたわけじゃない。手の甲をくすぐったら、あまりに可愛い反応をするものだから、全身性感帯なのかなぁと悪戯心が湧いてしまっただけ。一度キスをしたら、あまりにやわらかくて甘いから止まらなくなった。三千留が電話してくれたおかげで止まることができたけど、これは立派な痴漢かもしれないな、一志さんに嫌われなくてよかった。 「三千留からの電話がなかったら、もっとキスして一志さん腰抜かしてたかもよ。だから一志さんは三千留に感謝したほうがいいと思うなぁ」 「ばっ……か、腰なんて抜かさないぞ」 　慌てた様子で一志さんは水を止め、キッと僕を睨む。はー、可愛い。それで睨んでいるつもりなのが可愛い。 「ふぅん。腰、抜かさないんだ」 「ぬ、抜かすわけないだろ。キスだろ」 「じゃあ、今から試してもいい？」 　一志さんの細い腰に腕を回しぐっと抱き寄せながら、空いた手で細い顎に指を添えてクイッと上げる。顎クイっていいなぁ。視線を逸らしたいのに逸らせなくて恥ずかしさが深まっていく一志さんの愛らしい表情を堪能できる。 「……キスだけだぞ、それ以外はしたら駄目だからな」 「もちろん、お姫様の仰せのままに」 　にっこり微笑むと、一志さんは僕の眼鏡を外して前髪をくしゃりと掻き上げる。一志さん自らただの五喜になるスイッチを入れてくれるとはえっちだなぁと笑みを深めて、やわらかい唇全体を覆うようにキスをした。夕飯に食べたビーフシチューの味がすると思わず笑った。 「っん……っ」 　やわらかい唇を舌でツンと突っつくと、一志さんは恥じらいを滲ませるように眉尻を下げながらも、ゆるゆると唇を開いてくれる。自分から開いてくれる様が最高に可愛くて、たまらず一志さんの赤い舌を絡めとり優しく吸い上げると、甘い声が漏れた。 「んくッ……っん、ンぁ、……ッ」 　クチュクチュ執拗に舌先を吸っているうちに、一志さんの瞳はすっかり蕩ける。一志さん本当舌弱いよねと今度はやわらかく歯を立てて噛むと、どんどん声がえっちになっていく。可愛い、可愛い、可愛い、頭の中がそれだけでいっぱいになり、一志さんの喉仏を親指で擦りながら、隙間がないほどに深く口づける。 「っく、ふ、ぅ……っんぅ、んン……ぁ、それ、やぁ、っ……！」 　一志さんの舌裏から先っぽまで何度も擦り上げて、ちゅる、と唾液を吸うと、一志さんは僕の肩をきゅっと弱々しく掴む。ほら、やっぱり、もう自分の足じゃ立っていられないでしょ。 「はっ……、っんは、ぁ……い、つきぃ、っま、っんふ」 　ゆっくり唇を離すと、一志さんは熱孕んだ吐息を漏らして腰をビクビクと震わせて、すっかり力が抜けた体で僕にしがみついてくる。 　可愛いなぁとまた唇を寄せると、一志さんは半開きになっていた唇を閉じようとするから、人差し指と親指を捻じ込んで、赤い舌を捕まえる。舌で味わった時も思ったけど、熱くてやわらかい。指の腹でくにくにとやわらかく舌先を揉んで、感触を楽しんでいると、一志さんの目尻に滲んでいた快感の涙がいまにもこぼれそうになっていた。 「ほら、腰抜けたでしょ。舌弱いのほんと可愛い」 　舌から指を離した途端、カクッと崩れ落ちそうになる一志さんの腰に両腕を回してしっかり抱きとめてにっこり笑って見せると、快感が滲んだ瞳で睨まれ「……五喜が、そうしたんだろ」ぽつりと呟く。 　僕が、一志さんの舌を、弱くした？　ああ、もう、なにそれ、たまらない、可愛すぎでしょ！ 　今度は僕が崩れ落ちそうになる番だったが、必死に堪えて一志さんを抱き潰した。