32 / 56

五年も待つな

 旺二郎が四信さんにキスをし、僕が古典で一位を取ったら一志さんに告白すると決めた翌日。旺二郎はすっかりいつも通りに、むしろいつも以上に顔面偏差値が上がっている状態で教室に入って来た。「四信さんとなにかあったの?」聞かなくてもわかるけど、にっこり笑って聞くと、旺二郎は「なんでわかるの」としんそこ驚いた顔をするから笑ってしまう。顔にでてるよ、顔に。 「なるほど、それで本気で古典を勉強しているのか。一志に対して褒美を求めなくなったあたり、成長が見えるな。せいぜい励めよ」  旺二郎と七緒がトイレに行っている隙に「なぜ、古典のノートを見つめているんだ」と三千留に突っ込まれた。いつもは小説を読んでいるのに、今日は古典のノートを持っていたら、そりゃあ気になりますよね。旺二郎にはなんにも突っ込まれなかったけど、きっと七緒も気になっているはずだ。それでも、僕が話すまで聞こうとしない七緒はどこまでも空気が読める。  今度の期末、古典で一位を取ったら一志さんに告白をすること。僕から逃げないで向き合ってほしいと言ったことを三千留に告げると、三千留は感心したように口元の笑みを深めた。『旺二郎にバラす』やら『ご褒美にディープキス』やら、三千留は卑怯な僕の手口をすべて知っているからだろう。 「じゃあ三千留、二位になってくれる?」 「それは出来ない話だな。俺様に二位は似合わない。だから五喜、本気で一位を取りに来い」 「つまり、百点を取って同率一位しか道はないってことか。燃えるね」  三千留に向かってにっこり微笑む。  ケアレスミスをしなければ、百点は取れる。だけど、その油断が命取りになるかもしれない。いつも以上に真剣に古典と向き合わなければと、テストまでの期間、小説ではなく古典と睨めっこしよう。 「何事にも燃えない五喜をこうまで本気にさせるとは、本当にすごい男だな一志は。今度じっくり話してみたいものだ」 「じゃあ今晩一緒に夕飯食べない?」  旺二郎たちがいないことはわかっているけれど、万が一トイレから帰って来たら困るからこっそりと三千留に耳打ちをする。旺二郎たちがいたら「俺も行く」「俺もカズちゃんの手料理食べたい! むしろ手伝う」と言いかねない。  真実を見通す三千留の青い瞳がじっと僕を見つめる。思わず逸らしたくなるけれど、ここで逸らしたら負けだとにっこり微笑む。 「一志と二人きりだとつい一志とイチャイチャしたくなって勉強が出来ない。だけど、一志とはなるべく一緒にいたい。俺様を呼ぶことでイチャイチャは出来ないが、一緒にはいられるということか」 「ソノトオリデス」  さすが僕たちの王様だなぁ。  心底わざとらしく笑ったのに、三千留は「俺様にはなんでもお見通しだからな」と胸を張る。どれだけわざとらしく言ってもこの王様には通じない、そういうところが好きだと今度は心から笑った。 「一志がいいと言うならば、上がらせてもらう」 「わかった、一志さんにラインしておくよ」  スマホを取り出して、さっそく一志さんにメッセージを送っていると三千留は「顔がにやけてるぞ」と僕の口元を指差してくる。「今は三千留しかいないからいいでしょ」とにやけた口元を我慢せずに、三千留を連れて行ってもいいかと一志さんに送った。仕事中にいくらラインを送ろうと、一志さんは返信をしてくれない。既読もつけない。「うっかり木場先生に覗かれたら困るだろ」と言っていた。木場潤、うっかり覗かないでほしい。 「……ねぇ、三千留。振られたらどうしよう」  あれだけキスをして、それ以上のこともしておいて、いつもだったら勝ち確定コースだと思っただろう。だけど、一志さん相手だとどうにも不安を覚えてしまう。両思いだと思っているのは僕だけだったらどうしよう、やっぱり生徒としか見られないと言われたら僕は死ぬのでは?  真剣に溜息を吐いたというのに、三千留は「お前は馬鹿か」と肩を竦める。 「当たったら確実に仕留めるのが五喜だろう、それならば今から弱気になってどうする。古典で百点を取り、ドストレートな気持ちを一志にぶつけろ」  当たったら確実に仕留める――それは入学式の日、僕が三千留に言った言葉。  あの時は余裕こいていたんだな、僕って。不安なんてなかったし、心から一志さんをものにできると思っていた。今はあれだけ心を通わせているはずなのに、不安がある。なにも知らなかったあの頃の僕を殴りたい。 「万が一砕けた場合は」 「俺様が砕けた五喜を拾い集めて、ニュー五喜にしてやる」 「それなら安心だね」  二人で顔を見合わせ子どもみたいに笑っていると、教室に戻ってきた七緒が「いっくんめっちゃ笑ってる!」とこちらにスマホをかざしてくる。三千留と一緒に決め顔を向けると「美の暴力反対」と旺二郎が真顔で言う。旺二郎だって美の暴力側でしょ。 「美の暴力トリオ撮るからおうちゃんも並んで!」 「俺はそのへんの石ころだからおかまいなく」 「旺二郎は磨けば光る石ころだと言っただろう、いや、今はダイヤモンドだな」 「そういえばダイヤモンドって四月の誕生石だよね! 四月バースデーといえばちゃんしーパイセン! つまり、ちゃんしーパイセンとおそろ!」 「なにがおそろかわからないけど、なんか元気でてきた」  さすが七緒、旺二郎を乗せるのが上手い。その上旺二郎は乗せられていることにすら気づいていない。  それから他のクラスメイトたちが来るまで、七緒による撮影会は続いた。僕と三千留も「ちるちるサイコー! リバフェこえキタ!」「ヒュー、いっくんったら美の化身! アランドロンもびっくり!」なんて七緒が褒めるからあっさり乗せられていた。

ともだちにシェアしよう!