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五年も待つな_02

「五喜に白金いらっしゃい、なにもないが寛いでくれ」 「ただいま一志さん。一志さんがいたら他にはなにもいらないから大丈夫」 「五喜には言ってないぞ、白金に言ったんだ」  いつものように一志さんの部屋を訪ね、玄関先で愛を囁いていると、三千留が僕たちの顔を見つめ満足げに笑った。「こういうのを夫婦漫才というのか? いいぞ、もっとやって俺様を楽しませてくれ」王様の天然発言に一志さんは一気に頬を赤く染める。あー、可愛い。三千留のおかげでたくさん可愛い顔が見られそうな予感。 「それと俺様のことは三千留と呼べ。一志は可愛いから特別に許可してやるぞ、喜べ」  三千留の白い人差し指が一志さんの顎をツンと突く。新しいお気に入りを見つけた顔をしている三千留に笑いを堪えていると、一志さんはものすごく困ったように眉尻を下げて僕に視線を送ってくる。助けてくれとばかりに。僕に助けを求める一志さん、最高。三千留ありがとうと心の中で五体投地してから、三千留と一志さんの間に割って入った。 「一志さんが可愛いのは僕が一番知っているけどね」 「それもそうだな――だが、俺様は五喜の可愛いところもよく知っているぞ。一志にいろいろ話してやろう」  どうやら今度は僕が困る番らしい。  えっと間抜けな声を上げる間もなく、一志さんと三千留はリビングまで移動していた。すっかり意気投合しているのか、楽しげに話している二人の背中をじっと見つめる。  おかしい、どうしてこうなったんだ。三千留を連れて来たのは失敗だった――なんてことはなさそうだ。だって、三千留と話している時の一志さんは、僕に見せるものとはまた違う。無邪気だけどお兄さんらしさを覗かせる可愛らしい表情に免じて許してやろうと笑った。 「三千留の口に合うのかものすごく不安なんだが」  キッチンに立った一志さんは、神谷家では夏の定番らしいかぼちゃのお味噌汁を温め直す。  一志さんの料理はいつも四季を感じる。旬の食材は値段がお手頃、栄養価が高いと良いことづくめだと嬉しそうに語っていた。そのあまりに嬉しそうな一志さんを見て、早く僕のお嫁さんになってねと大真面目に言ったらあっさりスルーされた。恥じらい故のスルーだと僕は解釈している。 「一志さんの料理はいつも美味しいから大丈夫だよ」 「毎日五喜に自慢されるから楽しみにしていたんだが、ものすごく美味そうだ」 「……お前、いつも自慢してるのか」  ふつふつと沸いたお味噌汁の火を止め、お椀に注ぎながら恥ずかしそうに僕を見つめてくる。一志さんの恥じらう顔だけでごはん三杯いけそうだなとうっとり見つめて「一志さん大好きすぎて、つい自慢したくなっちゃうんだよね」にっこり音がつくほど笑う。一志さんの顔はみるみる赤くなっていき、三千留はますます上機嫌に笑った。 「相変わらず五喜は一志ガチ勢だな。旺二郎も相当一志ガチ勢だから二人はよく火花を散らしているんだぞ。モテモテだな一志は」 「聞いてよ三千留。一志さんも意外と旺二郎ガチ勢なんだよね、ブラコン兄弟で妬ける」 「別に俺はブラコンじゃないぞ」 「やっぱり無自覚か。一志さんは天然たらしで魔性の男だから本当に性質が悪いよね、でもそんなところも大好きだよ」  一志さんが手に持っていたお椀を受けとりながら、愛を囁く。いつもだったらここでキスの一つや二つしていたけれど、さすがに三千留の前だ。ぐっと我慢して、一志さんが盛りつけ終わったお皿をダイニングテーブルへと運んだ。 「俺も運ぶの手伝う。一志はもう座っていろ」  ナイフやフォークより重たいものを持ったことのなさそうな細腕で三千留は皿を持つ。一枚だけでいいのに、二枚も持つから緊張して手足がぷるぷるしている。座っていろと言われた一志さんはものすごく心配そうに三千留を見つめている。子どもが手伝いをすると張り切っているものの、心配でしょうがないお母さんみたいな表情だ。可愛すぎてめまいがしそう。 「王様、お皿ちゃんと運べる? 割ったりしない?」 「俺様に不可能はない」 「そういう台詞って多分こういう状況に使うやつじゃないよね」 「じゃあどういう状況で使えと言うんだ」 「古典で一位を取ろうと頑張る優等生が言うんじゃないかな。僕に不可能はないって」 「それなら皿を頑張って運ぶ王が言ってもいいだろ」  まぁ、そうだね。いいか。  二人で笑い合い、おろおろする一志さんに見守られながら、すべてのお皿をテーブルへと乗せる。ただお皿を運んだだけなのに一志さんは「三千留、皿を上手に運べて偉かったな。ありがとう」と嬉しそうに三千留の頭を撫でた。ずるくない? 僕そんなふうに言われたことないんだけど! 当の三千留も満足げに「片付ける時も俺様が運んでやる」と胸を張っている。 「ねぇ一志さん、僕も上手に運べたと思うんだけどな」  僕の頭も撫でてくれていいんだよ。  口には出さないけれど、そういう意味を込めて一志さんを見つめる。一志さんは瞬きを繰り返してから、小さく笑い「いつも運んでくれてありがとう」とゆっくり僕の眼鏡を外すと、わしゃわしゃと頭を撫でてくれた。あー、予想以上に嬉しい。ただの五喜として撫でられるのも嬉しい。一志さんって僕を喜ばせる天才かな?  一部始終見ていた三千留はびっくりするぐらい優しく微笑んでいた。「ここは、ただの五喜としていられる場所なんだな」三千留の言葉にうんと声に出そうとしたけれど、出せなかった。情けないことに、少し泣きそうだったから。そのかわり小さく頷くと、一志さんには頭を撫でられ、三千留には肩を小突かれる。二人で泣かせにかかるの本当やめてほしいと思いながらも、二人の温もりが嬉しくて止めることはできなかった。

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