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口づけはひそかに_02

「……見えるところに刺すなと何度も言っているんだがな」 「見えるところに刺したいんだろうね、ルビーの瞳の蚊とオラオラ系の蚊は」 「オラオラ系……新手の詐欺か?」  でた、三千留の天然発言。オレオレ詐欺の一種と勘違いするとは相変わらず斜め上だ。 「オッス、オラだよオラなんて言われて引っかかる人はさすがにいないだろうね。歩六さんみたいにぐいぐい引っ張っていく強引な男をオラオラ系って言うんだよ」 「なるほど――だが、あいつはああ見えて可愛いぞ」  まさかあの三千留から惚気が聞けるとは思わなかった。恋愛の『れ』の字も知らなかった三千留が、僕や七緒の知らないところで二人の男に愛を捧げることにしたと聞いた時、驚きはなかった。ふぅんと受け入れ、その一人が歩六さんだと聞いた時は「それはちょっとやだな」と思ったくらいだ。  ふつうだったら二人の男とつき合うことにした親友に「頭おかしいんじゃないの」と言うだろう。たった一人を愛せと説得すべきだろう。だけど、三千留は王様だ。ふつうの人とは違う。僕たちでは計り知れないものを抱えている。千昭さん、歩六さん、一人ずつでは抱えきれないものを二人でようやく抱えきれる、かもしれない。もしかしたら、二人では足りないくらいだ。 「千昭さんのことも褒めてあげないと拗ねちゃうかもよ、ほら千昭さん地獄耳だし」 「……確かにあいつは地獄耳だな。そうだな、千昭にはいつもドキドキさせられている。公共の場ではスルーしているが、顔に出ていないか不安になる」 「三千留をドキドキさせられるなんて千昭さんさすがだね。僕ももっと一志さんをドキドキさせたいから、千昭さんに弟子入りしようかな」 「五喜も一志をたくさんドキドキさせているだろう」 「どうしてそう思うの」  僕のほうが一志さんにときめきをもらってばかりだよとため息を吐く。三千留はやれやれと肩を竦め、僕の顎を人差し指でツンと突っついた。 「そんなの決まっているだろう、顔を合わせるたびに一志は美しくなっている。五喜に愛され、愛して、色気を増している。正直言ってあの美しさは教師にしておくには惜しい。俺様の事務所にほしいくらいだが」  僕に愛されて、僕を愛してくれて、一志さんが日に日に美しくなっている。僕のひいき目だけではなく、物事を客観視できる三千留の目からもそう見えるのか。  嬉しいようで、少し複雑だ。僕の知らないところで、一志さんがおかしな男に襲われたらと考えただけでぞっとする。 「一志さんが芸能人か……僕とだけ恋愛ドラマをやってくれる俳優さんならいいけど」 「そういう需要はありそうだな、検討し「冗談だからやめてくれるかな三千留様」  一志さんの照れた顔や色っぽい表情を誰にも見せたくないからね。にっこり言い切ると、三千留はふっと小さく笑った。「俺様も冗談のつもりで言ったぞ。五喜は一志のことになると本当にフルスロットルで可愛いな」ああ、もう、王様ってば意地悪だ! 「おかえり一志さん、今日もお疲れ様」  学校帰り、僕の家に訪ねてくれた一志さんを優しく抱きしめる。「ただいま……いきなりどうしたんだ」照れくさげに身をよじる一志さんの髪にキスを落とし、今度は頬へ。じわじわ頬を赤らめる一志さんにたまらなくなり、自然に唇へとキスをしていた。 「どうした五喜、甘えん坊か」  一志さんは口角を上げながら、僕の眼鏡を外して、前髪を掻き上げてくれる。あー、かわいい。一志さんの前だと甘えん坊になっちゃうよ、だって包容力がお布団以上なのだから。  コマーシャルどおりにしようと思ったけど、どうしてだろうな、あの青年のように冷静になれない。好きな人を前に軽いキスだけで堪えられるなんて、悟りを開いているとしか思えない。僕の胸元を優しく掴んでくる一志さんが可愛くて、もっと深い口づけをしたくなる。そうと決まったら、やることはひとつ。ちゅっちゅっ、何度も一志さんのやわらかいくちびるを啄ばみ、吸いついて、とろけさせるのみだ。 「っん、んぅ……」  ああ、可愛いなぁ。ここで食べてしまいたい。  長いまつげが震え、ゆるゆると一志さんの体から力が抜けていくのがわかる。かすかに開いた一志さんの唇に舌を這わせて抉じ開け、くちゅりと舌先を捕らえた。離すものかと舌裏をゆっくりなぞりながら、一志さんの背中から腕を下ろして小さく引き締まったお尻を撫でる。 「ひぅッ……ッんん、っ!」  ただ撫でただけでこの反応、たまらないなぁ。もっともっと触れて、とろけさせたくなる。甘ったれた声で僕を求めてほしくなる。一志さんを好きになり、恋人になって、体を重ねるほどに僕は我儘な男になっていく。  ちゅう、と一志さんの熱い舌を吸い、右手で可愛いお尻をやわく揉みしだきながら、さりげなく中指で秘部をぐにぐにと押した。  ココ、すっかり僕を受け入れてくれるようになったなぁ。誰も受け入れないとばかりに閉ざしていたソコは、毎日僕がぐにぐに押して、指や昂りで拡げたおかげでやわらかい。そのくせ、僕を求めてくる時はキツくも甘く締めつけてくる。今もスラックスの上からなのに、きゅうきゅう僕の指に吸いついて離してくれそうにない。  えっちすぎるでしょ。いや、僕が一志さんをえっちにしたのか。最高の気分だ。 「ッふ、ぁ……ッぃ、つき、……っ」  とろとろ、黒い瞳が快感の涙で潤んで僕を見上げる。弱々しい力の入らない手で僕の頬に触れ、撫でてくる。  かわいい、かわいい、かわいい。もう一志さんかわいいがすぎる。深く口づけ、ねっとり舌を擦りつける。  キスもしたいし、お尻も揉みたいし、中に指を挿れたいし、乳首だって弄り倒したい。僕が二人でいればと馬鹿なことが頭によぎり、無理だとすぐ悟る。もう一人の僕に嫉妬する。  ゆっくり唇を離してから唾液で濡れた一志さんの唇を舐めとった。うだるような夏の暑さからではなく、一志さんの頬が赤く染まり、どこか期待しているように濡れた瞳で僕を見つめてくる。  ああ、もう、体中がぞくぞくする。性器は苦しいほどに張りつめている。一志さんにもわかるようにすりと昂ぶるモノを押し当てると「っいつ、き」一志さんは恥じらいが滲んだ色っぽい声で僕の名前を呼んだ。 「……一志さん、ベッドまで待てない、ここでシたいんだけど」  はぁ、熱が孕む吐息が玄関先に漏れる。一志さんは視線を彷徨わせて恥じらい、ゆっくり視線が絡んだ。なにを言うでもなく、こくり、一志さんは小さく頷いた。  色気の塊だと常日頃思うけれど、こういう時の一志さんはとびきり可憐だ。いくつ表情を持っているのだろう。すべて引き出したい。暴きたい。自分の中にこれほど凶暴な愛が眠っていることを、一志さんと出会うまで知らなかった。

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