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口づけはひそかに_05

「今度は化粧品のコマーシャルか。このコマーシャルはいつから放送なんだ」 「九月の頭からだって。雑誌も九月発売。夏休み明けに学校を賑わせてやろうって三千留が張り切ってる」 「次から次へと仕事を取って来てすごいな三千留は。今までの人脈を駆使しているのかもしれないが、高校生とは思えない手腕だ」  あのあと散々愛を確かめ合い、お風呂に入り(お風呂でも一回した。一回で我慢した僕えらいと思う)、一志さんの家でおいしいご飯を食べた。僕らにとって当たり前になりつつある生活だけど、このうえなく幸せだ。今はソファーで一志さんの膝枕を堪能する至福の時間。 「敏腕社長だよね、本当に。でも、今回のはちょっといやだなぁってごねたくなった。僕が決めた道だから文句を言える立場じゃないってわかってるけどね」 「キスシーンがあるからか?」  一志さんは台本に視線を落としながら、僕の前髪をさわさわと優しく撫でてくる。あまりの心地よさに眠たくなるけれど、このことはちゃんと一志さんと話したい。まだ眠るわけにはいかないと、目を見開いた。 「うん。一志さん以外としたくない。三千留もそれをわかっていてくれているから、今回はキスをするふりでいいって言ってくれたけど」 「俺も、五喜と他の誰かがキスをしてほしくはないが……お前の心は俺にあるんだろ? 誰とキスをしようと俺だけのものだろ」 「当たり前でしょ、僕は一志さんのものだし、一志さんは僕だけのものだよ」  膝から頭を起こし、一志さんの左手を掴むとちゅっと薬指にキスを落とす。何度だって誓う、僕は一志さんしかいらないと。一志さんは優しく微笑んで「なら許す」僕の指をぎゅっと握り返す。 「モデルや俳優をして生きていくと五喜が決めたなら、俺は全力で応援する。だから、俺のせいで演技の幅を狭めるな。一度決めたならとことんやれ。それから、キスシーンやそれ以上のことをした後は……たくさん俺に触れてほしいし、五喜に触れたい」  穏やかに微笑んでいた一志さんは僕の唇を軽く啄む。  あー、もう好き。大好き。今すぐ触れたい。触れてほしい。心の中が幸福感でいっぱいになり、一志さんを力いっぱい抱きしめていた。 「うん、とことんやる。やった分だけ、ううん、それ以上に一志さんを愛すよ。ねぇ、練習つき合ってほしいよ」 「演技なんて高校生の劇くらいしかやってないぞ」 「なんの役をやったの? お姫様役?」 「……シンデレラをやった」 「もしかして相手役は兄さん?」 「よくわかったな。清道が多数決で王子に決まったせいで、仲の良い俺が無理やりシンデレラをやらされた」  ものすごくその光景が頭に浮かぶ。兄は広尾家の長男であり、本人に自覚はないけれど恵まれた容姿を持っている。学生時代はモテただろう。その相手役を女性が演じるとなると、嫉妬やいじめに発展しかねない。だから、一番仲の良い一志さんが選ばれたに違いない。それにしても一志さんのシンデレラ、見たい。旺二郎に言えば写真を探してもらえそうだ、あとで聞いてみよう。 「あー……兄さんずるい。シンデレラな一志さん見たかったし、僕も一志さんの相手役やりたい。やっぱり練習つき合ってよ、僕のヒロインになってほしい」  コマーシャルの主人公は女性でありながら、台詞はそれほど多くない。ため息を吐いたり、疲れた表情を浮かべたり、最後には一転して笑顔になる。表情での演技が多い。そういう演技こそむずかしいからこそ、相手役の女性は演技派の人気女優だ。どれほど人気女優だろうと、僕の一志さんには敵わないけどと心の中で囁きながら、そうっと手の甲に口づけを落とした。 「下手でも笑うなよ」 「笑わない。可愛いねってキスする」 「お前は本当にキス魔だな」 「一志さんだってキス好きでしょ」 「……五喜とのキスが好きなんだ」  少し恥じらいがちに言う一志さんが可愛くて、押し倒したくなるのをぐっと我慢してやわらかい唇をちゅっと啄ばんだ。一志さんといると、理性スイッチがすぐにオフになるから困りものだ。 「一志さん可愛すぎて僕の理性すぐ壊れちゃうよ。これ以上壊してどうする気なの」 「俺だけがその理性スイッチを切り替えられるんだろ」 「当たり前でしょ」 「それなら……我慢することはない。五喜の好きなようにしてくれ、余裕のない五喜好きなんだ。俺だけが知っている顔だから」  ぼおっと炎が燃え上がったように顔中が熱い。僕の理性を、余裕をこれほどなくせるのは、この世でたった一人一志さんだけ。反則級に可愛い一志さんをぎゅうぎゅう抱きしめる。  一志さんは底がない沼だ。もう落ちるところまで落ちたと思っていたのに、まだ底につきそうにない。明日はきっと今日よりもっと好きになる。 「一志さんのとろとろになった顔も僕しか知らない顔だね」 「っ! あれ、は」 「目にハート浮かんで僕を求める一志さんは最高に「れ、練習するんだろ? ほら、やるぞ!」  あ、照れてる。一志さんは顔を真っ赤に染め、僕の胸を押すと台本を食い入るように見つめる。可愛いなぁ、それで誤魔化しているつもりなのと小さく笑った。 「じゃあキスシーンから練習しようか」 「キスシーンはふりだろう、練習する意味あるのか」 「一志さん相手だったら濃厚に決めるから」 「それは練習になるのか?」 「なるよ」 「ならないだろ、頭からやるぞ」  一志さんは軽く笑い、本当に練習につき合ってくれた。真面目なだけあり、どこまでも真剣に台本と向き合い演じてくれる一志さんにぐっと来ながら、その日は遅くまで二人で読み合わせた。

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