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口づけはひそかに_07
「えー、一志さんって学校の先生なんですか? お肌つるつる、すべすべ! 今すぐ芸能界に入ったほうがいいですよー」
「本当美人さんですね! やっぱり類は友を呼ぶといいますか、三千留さんや五喜くんのお知り合いは美人!」
到着した一志さんを三千留と迎えに行き、三人でメイクルームへ。駆けつけた監督はまじまじと一志さんを上から下まで眺め「確かにものすごく色気がありますね、かなりの細身だし女性役としてもいけそうだ」とエロ親父並のコメントをするから、口端が引きつりかけた。プロとしてなんとか笑っていたが、三千留にはバレバレ。肘で思いきり小突かれてしまった。
女性らしいシルエットを作るため、スタイリストさんたちに囲まれて女装用下着を履くように提案された一志さんには正直興奮した。ものすごく恥ずかしいだろうに「……わ、かりました」と頬を赤く染めて頷いた一志さんにごくりと男性スタッフの喉が鳴る音が聞こえたのは腹が立ちすぎて舌打ちをしかけた。それでも必死に堪えたけれど、やっぱり三千留にはバレバレ。今度は肩を小突かれた。
紺のパンツスーツに身を包んだ一志さんは、いまメイクさんたちに囲まれておもちゃにされているもとい化粧を施されている。質問責めにあって困っている一志さん可愛いなぁと眺めていると、鏡越しに目が合った。少し困ったように、だけど一志さんは微笑む。誰よりも可愛いのに、心は誰よりも格好良い。
「あまり一志で遊んでくれるな。こいつは真面目だから困っているぞ」
「いや、白金、俺なら大丈夫だ。むしろ俺みたいな男を女性に見えるように仕上げてくれて感謝しかありません。ありがとうございます」
「やだー! 一志さんってば三千留さんの言うとおり真面目! そこがカワイイ!」
「社長の言うとおりですよ、僕たちの神谷先生をあんまりいじめないであげてください」
本当は僕の一志さんだけど、今はただの生徒と教師。しょうがなく『僕たち』と言い、優等生スマイル。一志さんにマスカラを塗りながら「一志さんってば生徒に愛されてますねー」とメイクさんたちは黄色い声。そうですね、僕は熱烈に愛してますよ。心の中で頷き、照れくさげに笑っている一志さんを眺めた。
「一志さん、緊張してる?」
「高校演劇とはわけが違うからな、緊張していると言えばしている。でも、これなら誰も俺だとはわからないと思う。いっそ開き直って頑張る」
スタッフの準備が整うまで、スタジオの片隅にあるソファーに二人で座る。
ふわふわ焦げ茶のロングウィッグをつけ、メイクが施された一志さんは贔屓目抜きにしても色気のあるエキゾチックな美女に変身を遂げていた。
チラリと視線を落とし、一志さんの胸元を見つめるとやわらかな膨らみがある。パッドが入っているのだろうけれど、あまりに自然で、いやらしい。おっぱいには興味はないけれど、一志さんだけは別だ。ちょっと揉んでみたい欲がふつふつと沸くけれど、僕のせいで形が崩れたらいけない。ここは我慢だと咳払いをする。
「ねぇ、これどうなってるの。あとで見せてよ。一志さんがブラ着けてると思うだけで興奮する」
「なっ……、本当は今すぐにでも外したいし、見せたくない」
「つれないなぁ、一志さんのスーツの中を楽しみに撮影に挑むつもりなのに。ねぇ、パンツももしかして」
女装用パンツを履いているのと続けようとして、一志さんの下半身に視線を落とす。一志さんは太腿をもじもじと擦り合わせ「……ばか」と小さな声で呟いた。
あーー、可愛い、最高、うっかり勃起しそう。この下着は買い取ろう。一志さんに着せてえっちしよう、そのために今日頑張ろう。ものすごく頑張れる気がする。
「ねぇ、キスシーンなんだけど」
「ふりでいくんだろ?」
「一志さん相手にふりでいくわけないでしょ、本気でするよ。いいよね?」
本気で、と口にしただけで一志さんは嬉しそうに瞳を和らげた。ついこの間まで本気を避けていた僕を知っているからこそ、一志さんは喜んでくれているのだろう。僕のことで微笑んでくれる一志さんを見て、僕まで微笑んでしまった。
「お前の本気、俺にしっかり見せてくれ。俺も全力で応えてみせるから」
「言ったね。撮影終わったら覚悟しておいてね」
「どういう覚悟だ」
「言わせる気? スーツの中を僕だけに見せてよ。女装用下着のままえっちしようね」
一志さんにだけ聞こえるように、そうっと耳元で囁く。一志さんの耳がじわじわ赤く染まるのがしっかり見えて、ものすごく気分がいい。どれだけ僕をときめかせれば気がすむのだろう、一志さんという男は。
「借り物衣装だろ、これ」
「もちろん買い取るよ」
まっすぐに一志さんの目を見て言うと「一点の曇りもない瞳すぎてずるい」一志さんは思いきり笑った。
それは了承ととっていいのかな? いいんだよね。勝手に納得をしていると一志さんも僕の耳元に唇を寄せる。今回のメインである赤い口紅をつけた一志さんは、いっそう色っぽい。
「解けない魔法をかけてくれるのか」
「もちろん――ここにも、一志さんの中にも」
メイクがとれないように、一志さんの唇に指をさしてから背中に手を回して下ろていく。一志さんの中、と言いながら、小さなお尻を揉む。「完全にセクハラ親父だね」自分で笑うと、一志さんも笑った。
「五喜さん、一志さん! 準備整いました、お願いしまーす!」
スタッフの声が聞こえ、一志さんと一緒にソファーから腰を上げる。スタッフに向かって「はい」と返事をしてから、一志さんのほうへ向き直る。一志さんは小さく頷くと、僕とともに歩き出した。
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