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母親のすべて_02

「……五喜、学校で変なこと言わないでくれないか」 「変なことって?」  扉を開けた一志さんの第一声がまさかの苦言。あまりに可愛くて、ふっと小さく噴き出してしまった。  すり、と頬を撫でて扉が閉まるのを見計らってやわらかな唇を啄む。この唇とキスするために今日も一日頑張ったと言っても過言ではない。  本当はキスだけじゃなくて、あんなことやこんなこともしたいけれど、楽しかった夏休みは終わった。「平日は絶対無理だ。絶対駄目だ」一志さんにそう言われ、ぐっと我慢している。いつもみたいにお願いとひたすら頼もうかと思ったけれど、一志さんの体に負担をかけてしまうのは嫌だ。一志さん馬鹿な僕は加減が出来ない。スイッチが入ると朝まで好き放題にしてしまう。そうなると、授業中も色っぽい空気を纏わせてしまいかねない。それだけはなんとしてでも避けたい。ただでさえ、一志さんは色っぽい。情事の匂いを纏わせでもしたら、一志さんをおかしな目で見る男が増える。だから、我慢だ広尾五喜。一志さんを性的な目で見ていいのはこの世で僕だけ。他の男はそういう目で見ないでくれ。 「……セクシーすぎる褐色美人とキスをした、とか、なんとか、言っていただろ」 「学校でも話題だよ、あの美女は誰? って。僕とお似合いだとも言ってたかな。当たり前だよね」  一志さんの耳殻を指先で撫で、舌先を絡めとる。ピクッと体を震わせる一志さんをもっと堪能したい。キスだけで我慢、キスだけで我慢と自分に言い聞かせて、ちゅくちゅく一志さんの甘い舌を吸い上げた。 「ん、ぅぅ……ッ」  一志さんは舌を吸われるのが弱い。頬の赤らみが増していき、快感に震え上がる手で僕のシャツをくしゃりと握りしめた。  抵抗なのか、懇願か、潤んだ一志さんの黒い瞳を見ているとどうしたって懇願としか思えない。なんて自分に都合のいい頭なんだと震える舌先に夢中で吸いついていると、ブレザーの内ポケットでスマホが震える。  このタイミングでやめてくれないかな。自然と眉間にしわが寄ってしまい、一志さんから唇を離してスマホを取り出す。ああ、やっぱり。ディスプレイには『広尾清恵』の名前が刻まれていた。  今週末、会いに行くと決めたのだから、電話に出てそのことを話すべきだ。だけど、母とちゃんと話ができるだろうか。僕の話を聞いてもらえるだろうか。やっぱり少し怖い。スマホを握る手が情けなく震える。 「五喜、大丈夫だ。俺がそばにいる」  穏やかに微笑む一志さんが僕の手を包み込む。それだけでほろりと涙がこぼれ落ちる。  一志さんのそのたった一言で、母と話す勇気が湧いてしまう僕はなんてちょろいのだろう。  一志さんの背中に片腕を回し抱きしめてから、スマホを耳に当てる。もしもし、と言った唇は少し震えていたかもしれない。だけど、一志さんが僕の背中を撫でてくれているから大丈夫だ。 「五喜さん、あのコマーシャルは一体どういうことですか。広尾家の恥さらしだと思わないのですか」  相変わらず怒っている時はキンキンと高い声。久しぶりだからか、余計に耳障りだ。ため息を吐きたくなるけれど、電話越しでも伝わってしまうだろう。ため息をなんとか飲み込んで、一志さんを強く抱き寄せる。たったそれだけで、心が穏やかになっていく。 「恥さらしだとは思いません。いつか広尾家の誇りだと母さんに言ってもらえるように精進します」  一志さんがそばにいてくれるだけで、青臭い台詞を平然と言えてしまっている。きっと、一人だったら言えなかった。母と向き合おうと思えなかった。一志さんの手がぽんぽんと僕の背中を撫でてくれているから、どこまでも行けそうな気がした。 「……誇り? 笑わせないでくれますか」 「笑ってほしくて言っているわけではありません。今週末、帰ります。電話ではなくて、目と目を見て話しましょう。僕はもうこの容姿から逃げるつもりはありません、だから母さんも逃げないでください」  電話越しに息を飲む音が聞こえた。母は言葉に迷っているのか、なにも言わない。矢継ぎ早に罵倒の言葉が飛んで来る覚悟をしていたのに、どうして。 「それでは僕はこれで」 「五喜さん」  失礼しますと言おうとした瞬間、名前を呼ばれると嫌でも背筋を正してしまう。やはり、この人は僕の母なのだと実感した。 「はい、なんでしょうか」 「……言うのが遅くなりましたが、母の日のプレゼント、ありがとうございます。あなたから貰えると思わなかったから驚きました。私は、あなたに母と思ってもらえているのですね。母らしいことなどなにもしてあげて来なかったのに。形だけだとしても、嬉しかったです。それでは、夜分遅くに失礼します」  言うだけ言って、一方的に電話は切られた。それ自体は予想通りだったけど、母の言葉はちっとも予想通りではなかった。  一方的に送りつけたカーネーション。母はきっと捨ててしまうだろうと思っていた。だけど、僕の予想に反してあの人は喜んでくれていたのだ。一志さんに背中を押してもらってよかった。あの時、一志さんがそばにいてくれなかったら、僕は母にカーネーションを贈ることはできなかったはずだ。  ぎゅっと一志さんを抱きしめ、肩口に顔を埋める。ぽんぽんと今度は髪を撫でられ、自然と涙が流れた。 「……一志さんいつもありがとう、大好きだよ」 「俺も大好きだぞ」 「ほっとしたら、えっちしたくなった」 「……ご飯が冷めるぞ」 「ご飯の前に一志さんが食べたい」  ほっとしなくても、いつだってえっちはしたいけど、今は一志さんの中に入って包み込まれたい気分だ。僕の発想ってエロ親父そのものだ、美形に生まれてよかったと父に感謝しながら一志さんの小さなお尻を撫でる。 「……一回だけと約束出来るか」 「……ゼンショシマス」  一志さんは小さく笑うと、僕の頬にキスをして涙を掬い上げてくれる。くすぐったくて、気持ちいい。 「一回だけなら許す」  耳元で囁かれた瞬間、一志さんをお姫様抱っこする。寝室に着くまで待ちきれずに、キスをしながら互いの服を脱がしてしまうほど燃え上がり、もちろん一回で終わらせることはできなかった。

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