4 / 10

第4話

「そちらへどうぞ。小波(こなみ)。」 これは、いつも聞こえていた声だ。 しばらく聞けなくて、恋い焦がれた声。 でも、まさか、そんな事・・・・。 振り向いた俺の目に飛び込んできたのは、煌めくような青い髪だった。 「・・・ポー・・シィ・・?」 目の前に長い髪を緩く編んだ彼がいる。 釣り上がった眉尻を少し下げ、にっこりと俺に微笑む。 「本当に、本当に、ポーシィ?!」 「そうだよ、小波(こなみ)。」 ぽんっ、と俺の頭に暖かいものが置かれた。 これ、何だ? 何・・・て、え、え、え? これ、ポーシィの手だ!? 優しく優しく撫でてくれてる。 ポーシィが、触ってくれてる。 どうして??! 動揺しまくる俺の頬にそっと触れた後、その手が離された。 「詳しい事は後でゆっくり話してあげる。まずは座って、私の入れたお茶を味わって。さあ、君も座って。」 優しい口調で東太(とうた)にも席を勧める。 「でも、ここ、予約席ですよね?」 「そうだよ。小波(こなみ)の為の予約席だから、遠慮しないで。」 俺の為?! 驚いてポーシィの顔をまじまじと見てしまう。 ポーシィはそんな俺に、今まで見たことのない甘い微笑みを向けてくる。 「いつ来てもいいように、ね。言わなくても、きっと来てくれると思ってたから。」 甘さがハンパない・・・。 あれ? ポーシィってこんなだっけ? いや・・・・・・・・・・・・うん、こんな感じ? 促されるまま席に着くと、ポーシィは東太(とうた)に飲み物の確認をしてカウンターの方へと向かって行った。 その後ろ姿を見て、いつもと違う事に気付く。 あれ? 髪の長さって、あんなだっけ? 緩く編まれた状態でお尻の辺りまで届いているけど、もっとずっと長かったよね? 床に届いてずるずると這うくらいだったのに、切っちゃったのかな。 うああ~、もったいない。 そういえば、服装も違うじゃん。 白のシャツに黒の細身のジーンズ、カフェエプロン。 うわ、すごいカッコいい! 「で、あれが小波(こなみ)の好きな相手なんだな?」 思わずじっくりとポーシィの姿を観察してしまっていた俺に、東太(とうた)が呆れたような声で言った。 「え、と、うん。十三年間、ずっと片想い。」 「・・・・お前・・・鈍すぎるにも程があるぞ・・・・。」 「へ?」 信じられないものを見るような目で、東太(とうた)が俺を見てくる。 何だよそれ、失礼だなあ。 俺は身の程を弁えてるんだよ。 「あのなぁ、あの笑顔見て分かんねえの? お前、すごい愛されてんじゃん。」 はあ?! 何言ってるんだ、こいつ! ないないない、それこそありえないから! 思いっきり否定をすると、東太(とうた)は更に白い目で俺を見る。 「小波(こなみ)さあ、自分のことも相手のこともちゃんと見えてないのな。」 ため息混じりにそう言われて、ちょっと、というかかなりムカつく。 「でもねぇ、それが小波(こなみ)ですからねぇ。」 突然、ポーシィの声が聞こえた。 穏やかな笑みを浮かべて、優雅な動きで東太(とうた)の前にはコーヒー、俺の前に紅茶の入ったカップを置く。 ポーシィの動作が終わるのを見計らって東太(とうた)が言った。 「俺、間違ってないですよね。」 「うーん、そうだねぇ。普通、分かるよねぇ。」 さっきより砕けた感じでポーシィが話す。 何だよ、何で二人して俺のこと、残念な目で見るんだよ。 「丸わかりでしょう? ていうか、隠す気ないんじゃないですか?」 「そうだね。もう、いいかなぁって思ってねぇ。学校でも困ってそうだし、丁度いいかなぁって。」 ポーシィが意味ありげに東太(とうた)を見る。 それに、東太(とうた)はにやりとした笑いで返した。 「ああ、はいはい、任せてください。明日からもっとお店混みますよ?」 「それは有難いねぇ。こういうの、この国では一石二鳥って言うんだっけ?」 あ、ポーシィまで珍しく黒い笑みを浮かべてる。 何でこの二人、こんなに仲いいんだ? 「じゃぁね。まだ仕事中だから、終わるまで待ってて、小波(こなみ)。」 ぽん、と俺の頭に手を乗せてから、ポーシィは戻っていった。 ていうか、手! ポーシィの手! 確かに温かかった。 あの時みたいに、触った後にすり抜けたりしなかった。 三年前。 中二になったばかりの俺と、ポーシィが契約した日。 出会って初めて触ってくれた日。 それ以降、どんなに試しても触れる事はできなかったのに・・・・。 「小波(こなみ)、泣くなよ。」 「泣いてない。・・・まだ平気。」 コーヒーを飲みながら、呆れたように東太(とうた)が俺を見る。 「最近様子がおかしかったのって、あの人関係だったんだな?」 う、はい、その通りデス。 「俺、適当な所で先に帰るから、二人でよく話しろよ。いいな?」 はい。 そうさせていただきます・・・・・・。

ともだちにシェアしよう!